77 / 92
iiyori.09
05.
しおりを挟む
陣の谷は、南北に長く渓谷が連なり、大小さまざまな岩の上をせせらぎが流れる山深い緑豊かな地である。
今、その渓谷を挟んで、おびただしい数の騎兵隊が夜明けの決戦を待って対峙していた。
東に、羽間軍を中心とした戸上・今森の三軍合同部隊。
西に、志田軍を中心とした北川・河山の連合部隊。
羽間合同軍が数では圧倒しているが、志田連合部隊は背後に北川・河山の鉄砲隊を隠し持っている。
志田の先陣に進み出ているのは藩主・志田晴信率いる特殊精鋭部隊。
晴信は羽間から届いた同盟の誘いを断り、嫡男穂月を人質とする羽間のやり口を猛批判して、羽間に徹底攻撃をかける構えを見せた。鉄砲、大砲等、武器使用を得意とする晴信の特殊部隊を連れ、夜明けとともに羽間合同軍に突入する。
一方、羽間合同軍は同盟の誘いを断った志田領土を力で手に入れるため、徹底抗戦に備えている。
その先頭に配置されているのは、志田の嫡男、志田穂月。未だ14歳にして、名刀時切丸の使い手として数々の武勲を立てた若き武将。ただし、飛び道具相手に刀では不利な面があり、また此度は父や家臣たちと敵対しなければならないという責め苦も負わされている。
羽間の後方に広がる東の空が白み始めている。
志田連合軍と羽間合同軍との開戦まで、一刻ほどに迫っていた。
その頃、陣の谷に向かう山道を急ぐ馬に乗った一行がいた。
夜明けの決戦を前に、不眠不休で疾走する数頭の馬たち。
「…っ、ちょっと、や、…休ませて、く、…っ」
乗っているのは紫色の袈裟を着た高僧。
志田城主晴信お抱えの強力な陰陽師、達磨法師と二人の弟子たち。すでに体力は限界で馬にしがみついているのがやっとの様相を呈している。
「何を寝ぼけたことを言うておる。穂月様の一大事。休んでおるヒマなどあるものか」
その僧侶と弟子を先導するのは志田穂月の側近、若き侍の鷹朋。女中のマキを同乗させている。さらに、一行に付かず離れず、見え隠れしながら漂う浮遊霊二体も付随させている。
「いや、だから実体じゃって」
不遜に言い放つのは志田家嫡男・志田穂月の正妻、三姫。
未来から飛んできた三宮さんの霊魂を吸収したためか、実体浮遊、瞬間移動等、高次な心霊現象を巧みに操り、同じく未来から来た霊魂である私、倉咲菜苗に心霊現象を指導してくれた師匠でもある。
で。
なぜ今このメンバーで陣の谷に向かって夜明けの山道を急いでいるかと言えば、それはもちろん、穂月が直接晴信を手にかけなくてもいいように。イチかバチかの方法を思いついたからなのだけど。
「…うむ。穂月様が妾を頼みにしておる、と」
それには三姫の力が必要だったので。
敵陣営にいる穂月の腕の中という超絶魅力的な場所から後ろ髪を引かれながら退散し、志田城下にある穂月別邸に戻って、泥酔している三姫を叩き起こし、『穂月様の一大事』を強調して懇願してみたのだ。
今、その渓谷を挟んで、おびただしい数の騎兵隊が夜明けの決戦を待って対峙していた。
東に、羽間軍を中心とした戸上・今森の三軍合同部隊。
西に、志田軍を中心とした北川・河山の連合部隊。
羽間合同軍が数では圧倒しているが、志田連合部隊は背後に北川・河山の鉄砲隊を隠し持っている。
志田の先陣に進み出ているのは藩主・志田晴信率いる特殊精鋭部隊。
晴信は羽間から届いた同盟の誘いを断り、嫡男穂月を人質とする羽間のやり口を猛批判して、羽間に徹底攻撃をかける構えを見せた。鉄砲、大砲等、武器使用を得意とする晴信の特殊部隊を連れ、夜明けとともに羽間合同軍に突入する。
一方、羽間合同軍は同盟の誘いを断った志田領土を力で手に入れるため、徹底抗戦に備えている。
その先頭に配置されているのは、志田の嫡男、志田穂月。未だ14歳にして、名刀時切丸の使い手として数々の武勲を立てた若き武将。ただし、飛び道具相手に刀では不利な面があり、また此度は父や家臣たちと敵対しなければならないという責め苦も負わされている。
羽間の後方に広がる東の空が白み始めている。
志田連合軍と羽間合同軍との開戦まで、一刻ほどに迫っていた。
その頃、陣の谷に向かう山道を急ぐ馬に乗った一行がいた。
夜明けの決戦を前に、不眠不休で疾走する数頭の馬たち。
「…っ、ちょっと、や、…休ませて、く、…っ」
乗っているのは紫色の袈裟を着た高僧。
志田城主晴信お抱えの強力な陰陽師、達磨法師と二人の弟子たち。すでに体力は限界で馬にしがみついているのがやっとの様相を呈している。
「何を寝ぼけたことを言うておる。穂月様の一大事。休んでおるヒマなどあるものか」
その僧侶と弟子を先導するのは志田穂月の側近、若き侍の鷹朋。女中のマキを同乗させている。さらに、一行に付かず離れず、見え隠れしながら漂う浮遊霊二体も付随させている。
「いや、だから実体じゃって」
不遜に言い放つのは志田家嫡男・志田穂月の正妻、三姫。
未来から飛んできた三宮さんの霊魂を吸収したためか、実体浮遊、瞬間移動等、高次な心霊現象を巧みに操り、同じく未来から来た霊魂である私、倉咲菜苗に心霊現象を指導してくれた師匠でもある。
で。
なぜ今このメンバーで陣の谷に向かって夜明けの山道を急いでいるかと言えば、それはもちろん、穂月が直接晴信を手にかけなくてもいいように。イチかバチかの方法を思いついたからなのだけど。
「…うむ。穂月様が妾を頼みにしておる、と」
それには三姫の力が必要だったので。
敵陣営にいる穂月の腕の中という超絶魅力的な場所から後ろ髪を引かれながら退散し、志田城下にある穂月別邸に戻って、泥酔している三姫を叩き起こし、『穂月様の一大事』を強調して懇願してみたのだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる