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iiyori.03

06.

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卯月と二人、とぼとぼと家に帰ったら、家の明かりがついていて、思わずダッシュで駆け込むと、

「…おかえり」

家の中には先に帰った穂月が待っていてくれて、それを見たら急速に安堵が込み上げて涙がにじんだ。

穂月、あの後すぐに帰ってきたんだ。
坂下さんとどこかに行ったりしなかったんだ。

「ちちうえ。ちちうえはいけめんなんですから、ははうえをなかせてはだめですよ」
「…イケメン?」

卯月が先に上がって、穂月の脚にしがみつく。穂月は小首を傾げながら卯月を抱えると、玄関に立ち尽くしたままの私に近づき、目線を合わせて覗き込んだ。

「…なんで泣く?」
「…泣いてない」

首を横に振ったら耐えかねたように涙が一粒転がり落ちた。

穂月は困ったような顔をして、私の頭を抱えると、その胸に引き寄せた。

「俺はお前を困らせているのか?」
「…ちがう」

教師失格の文字が、頭の中をぐるぐる回る。
穂月が胸の中に入れてくれて嬉しい。穂月の匂いが嬉しい。温もりが嬉しい。低い声が耳に沁みて。私を呼んでくれるのが嬉しい。
この腕で、他の女の子を触らないで。なんて、もう、完全に教師失格だ。

「俺となえは、祝言をあげられなかったが、夫婦だ」

低い声で、ゆっくり言い聞かせるように話しながら、穂月が私の頭を撫でる。

「俺は他の女子おなごと睦ぶつもりはない。お前だけだ」

穂月の声が心に沁みて、あとからあとから涙が溢れてしまう私は、教師失格どころか、人としてやばいかもしれない。

なんで。
時を超えたと思い込んでいる年下の得体のしれない男の子に、こんなに心を揺らされてしまうんだろう。真面目に。堅実に生きてきた私には、こんなこと信じられないのに。

「だが、お前が怖いなら待つ」

穂月の言葉に顔を上げると、涙の膜の向こうで、穂月の少し困った顔が優しく揺れた。

「お前は怖がりだからな」

穂月の長い指が涙をぬぐってくれて、それがすごく優しくて、涙が止まらなくなる。

「なえ、何がそんなに怖い?」

私を覗き込む穂月の瞳は真っ直ぐで揺るぎない。
口を開いたら、ヒッとしゃくりあげてしまった。

数え上げたらきりがない。
正体不明で。年下で。それも生徒の年齢で。
子どももいて。騙されてるかもしれなくて。
お金も、信用も、職も、何もかも失うかもしれなくて。

「道を、…外れるのが」

しゃくりあげながらやっと答えると、穂月は私を抱きしめて、優しく笑いながら背中を撫でてくれた。

「己が歩いた道が唯一にして最善の道であろう? 俺はお前がいれば怖いものなんてないけどな」

穂月は強い。
いきなり子連れで知らない世界に放り出されても、信念をたがえずに突き進んでいく。

そうか。
だからこんなにも、心を惹かれてしまうんだ。

私が一番怖いのは。
どんどん穂月を好きになってしまう、自分自身なんだ。
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