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5章.なみだ色ユアワームス

12.

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病院の駐車場を抜けて、裏門から道路に出る。
街灯が照らすだけの薄暗い角を曲がった先に、一台の黒いバンが停まっていた。メッセージに示されていた場所。他に人気ひとけはない。私を呼びだしたのは、あの車で間違いないだろう。

「…4分57秒。3秒前って随分ギリギリね」

近づくと助手席のパワーウインドウが開いて、サングラスをかけたブロンドヘアの女性が煙草の煙を吐き出しながら鼻で笑った。

…あれ。この人どこかで。

「乗って、。今更躊躇ちゅうちょすることもないでしょ」

女性に促されるのと同時に、バンの後部座席のスライドドアが開く。
3列シートの後部座席に人影はなく、乗っているのは、無言で煙草を吸いながら運転席に座るサングラスの男性と、助手席の女性だけだと思われた。

乗ったら、もう逃げられない。

足元から恐怖が這い上がる。この得体のしれない人たちが怖くてたまらない。それでも。

「…あの。ななせを救えるものって何ですか。あなたたちが関係者だって証拠は? それを先に見せて下さい」

奥歯を噛みしめて、助手席の女性を見据えた。

最悪でも刺し違える。目的さえ遂げれば、後はどうでもいい。ポケットに入れたスマホの録音機能もオンになっているしね!!

「…フフ、震えちゃって。ナナセのために一生懸命で、健気ね~え?」

助手席の女性はバンの窓から乗り出して私を見降ろすと、

「アタシ、そういうの大っキライ」

煙草の煙を吹きかけた。

「う、…っ、…っ」

一応マスクはしているけど。反射的にむせた。

受動喫煙は主流煙より害が大きいんですけどぉ!? 何この人、性格わっる!!

「Hey, Shake it! Conspicuous!」
「…分かったわよ。はい、これ」

運転席の男性に何やら咎められて、女性は渋々という感じで指先に小さく光るものを摘まんで見せた。

え、なに、…

「…指輪?」

シンプルなリングに愛らしいダイアモンドが光る。
オリジナルデザインで。凄く。物凄く。見覚えがある。いつ見ても優しい幸福ととめどない愛しさで胸が締め付けられる、…

「…ななせの?」

イギリスで列車事故に遭った後から、ななせは指輪をしていなかった。

それは離婚の意志表明だと思っていたけど、そうじゃなかった? ななせは指輪を持っていなかった? …盗られてた??

「「納得した? 返してあげるわ。ナナセはもう、要らないみたいだけどね」」

女性は指輪をポイっと私に投げて寄こすと、タブレット端末を持ち出して指先で画面を操作し、

[disclosed]

何かサイトに映像をアップしてみせた。

私は投げられた指輪を慌てて受け止め、急いで確認してみた。
刻印されている名前。左手にはめている私の指輪との整合性。煌めき。唯一無二のデザイン。…多分。間違いなく、ななせの指輪だ。

「ナナセのアカウントを開設した時の証拠動画よ。ナナセは一切関係していない」

それから女性が差し示す公開されたばかりの映像に目をやる。

画面上で再生された映像には、薄暗い部屋の一角でパソコンを操る手元が映っており、周りに何人かいるらしく何語か分からない言葉が飛び交っている。ななせの指輪らしきものをスキャンしているような様子もある。ズームで映し出されたパソコン画面が目まぐるしく動き、その途中に、[Nanase Amemiya] [completion]の文字が見える。

「これで無能な日本警察にもナナセの意思とは無関係に作成されたってことが分かるでしょ、さあ乗って」

…うん、まあそうか。公開されたんだもんね。
これを警察の人が見たら、なりすましってことが分かるよね。つまりこれは、この人たちの犯行声明の一種になるのかもしれない。

と思いながら、素直にバンのスライドドアに足を上げかけて、

…待てよ。もう証拠動画が公開されたなら、私がこの車に乗る必要はないのでは。指輪も返してもらったしね?

という、もっともな考えが頭をよぎり、一瞬動きを止めた私の頭に何か固いものが押し当てられた。

「Stop! ポケットの中で健気に録音しているものは置いて行ってもらいましょうか。ああ、逃げようなんて考えないことね。アタシこう見えて気が短いの」

見たまんまじゃん。などと突っ込んでいる余裕はない。
なんで分かったん、エスパーじゃん? などとふざけたら撃たれる。

眼球だけを動かして頭に当たっているものを見た。

拳銃? なんて、見たことも触ったこともないわけで。それが本物か偽物かなんて知る由もないわけで。ただもう、猛烈な恐怖だけが募る。この人たちは私とは全然別世界に生きている人たちで、人の命とか想いとかどうでもいい人たちなんだと悟る。

大人しくポケットから取り出したスマホを地面に置いた。
私にできる唯一の命綱を失ってしまった。…でも。

ななせの指輪を握りしめて、震える足でバンに乗った。
即座にオートドアが閉まり、ロックされる音がした。

「フフフ、イイ子ね。イイ子はそんなにキライじゃないわ」

助手席の女性が満足そうに拳銃らしきものを降ろして前を向くと、バンが音もなく動き出した。車内は煙草の煙が充満していて、マスク越しでも咳き込みそうだった。
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