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会社のエントランスを抜けると、街はすっかり夜の様相を呈していた。

暗がりに浮き出るビル明かり。
街灯に群がる虫たちの羽音。
闇を切って走る車のランプ。
昼間の熱気を感じさせる風。

桐生さんに伴われながら私たちが道路に続く段差を降りた時、
石畳の植込みに腰掛けていた人が、立ち上がった。

「ホント、いいご身分だよね」

世界が止まる。

均整の取れたしなやかな体躯。
際立って長い脚。柔らかい髪。
優美な顔立ち。長いまつ毛。
澄んだ瞳。桜色の唇。

少し掠れた甘い声。
長くて綺麗な指先。

「柚くん!」

言葉より先に、涙が溢れた。
頭より先に、身体が動いた。

気づいたら、柚くんの胸の中に飛び込んでいた。

柚くんの匂い。
柚くんの鼓動。
柚くんの体温。

会いたくて会いたくて。
何度も何度も夢に見て。
愛しくて抱きしめたくて。

私の世界の全て。
柚くんが。

「…あおい」

優しく私を抱きしめてくれた。

「藤倉!」
「良かった、無事だったんだな」

桐生さんと谷くんが柚くんを確かめるように頭を撫でたり肩を叩いたりする。
喜び溢れる言葉が行き交っている。

「家族や警察は? もう会ったの?」

谷くんの問いかけに、

「連絡はした。明日行く。今日はこいつ、連れて帰るから」

柚くんが悪びれることなく言い切った。

いやいや、ちょっと待って。
それは嬉しいけど。嬉しいけども。

「でも、みんな心配してるよ? お父さんとか、健康面とか、病院とか、警察とか、捜査とか」

「…はいはい。ちゃんと明日行くから」

顔を上げた私を再び胸の中に押し込めて、

「連絡取れなかっただけで、普通に、割と快適に生活してたから大丈夫」

言いながら、柚くんが私を軽々と抱き上げて通りに出る。
片手を上げてタクシーを止め、

「俺、このために頑張ってきたから」

私を座席に下ろすと、

「…付いてくんなよ?」

振り返ってちょっとふて腐れたような顔を桐生さんに向けた。

「ははっ」

桐生さんは笑い声を上げて柚くんの頭をポンポン撫でると、

「…元気そうで安心した。ちゃんと加減してやれよ」

目尻に優しいしわを刻んで、可愛らしいえくぼを見せた。

「うるせえよ」

拗ねた口調で柚くんがつぶやく。

「泣かせたら、もらいに行くからな」
「…まあ、ある意味なかせるけど」

柚くんが答えると、

「…いって!」

桐生さんがバシっと音を鳴らして柚くんの背中を叩いた。
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