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『ヒロヤクン、借りるね。いい子で待ってたらウサギチャンに返してアゲル―――』

病院で気づいたら、私のスマートフォンにメッセージが届いていた。
発信元は柚くんのスマホで、そのスマホはハワイの海岸で見つかった。
今は私が預かっていて、お守りにしている。

柚くんがカズマさんたちと一緒にいるのは間違いなさそうだけど、依然として詳しい行方はわからない。

柚くんがいない。

『いいご身分だね』
エレベータですれ違うことも。

『いや、…結構です』
社食で会うことも。

『弁当作ってあげようか』
お昼が一緒になることも。

『はい、乾杯』
飲みに行くことも。

『…おかえり』
待っていてくれることも。

『俺がいなくてさみしかった?』
からかわれることも。

『俺んち来る?』
誘われることも。

『…ひかれるよ』
手を引かれることも。

全てがまるで幻だったかのように、柚くんがどこにもいない。

『…ばか』

私を小突く柚くんの優しい手。

自分がどんなに幸せだったか、
どんなにかけがえのない日々を過ごしていたか、
痛いくらい思い知らされた。

柚くんは、一度ハワイから戻って来た時に、
私の情報流出疑惑を外部犯罪と特定してくれていた。

おかげで私は今も赤菱商事の経理課にいる。

社長や上役たちも信用を回復すべく走り回っているけれど、自らの更迭という事態を避けられてかなりほっとしているようだ。

どこまでも抜かりなくて、
限りなく優しくて、
自分よりも大切な柚くんが、

『あおい。…ごめんな』

どこにもいない。

とりあえずハワイに探しに行こうとしたら全力で止められた。

「紘弥くんは、あなたのところに帰りたいはずです。どうかいつもの状態で待っていてあげて下さい」

確かに、私がふらふらしても足手まといになるだけだろう。

『いい子で待っていたら、返してアゲル』

一応敵もそう言ってはいる。

だけど、…
柚くんがいないと。

見るもの全てがモノクロで。
どんな言葉も雑音で。
温かさを感じることもなく。
自分の中に空っぽな風が吹いている。

柚くんに再会する前、毎日をどうやって過ごしてきたのか思い出せない。

ただ、寝て起きて食べて仕事に行く。

毎日が重くて無意味で悲しくて。
どこにいても柚くんを探してしまう。

抜けるような空の青さも、
張り付くような湿った空気も、
突然の雷雨も、街に流れる音も、
柚くんがいないと意味をなさない。

視線も声も匂いも感触も。
柚くんだけを待っている。

神さま。
どうか柚くんが無事に帰ってきてくれますように。
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