上 下
75 / 95

second.74

しおりを挟む
「警察で全力で行方を追っています。アンドラーシらは紘弥くんの能力を買っていますし、武装勢力ではないので、危害を加えられる可能性は少ないと思うのですが、…」

…柚くん!

『ボクの手伝いしてくれたら、解毒剤渡してアゲル―――』

私のせいだ。
私が変なもの飲まされたから、
だから柚くんが手伝わされる羽目になったんだ。

胃がきりきりする。
頭がむかむかする。

なんで。

自分を許せなくて、勝手に涙が溢れた。

柚くん、あの人のこと蹴り飛ばしてたし、あの人、柚くんのこと嫌いって言ってたし、刺されたり、変な薬持ってたりするし、…

柚くんに何かあったらどうしよう。

どうしよう。どうすればいい?

「紘弥くんを巻き込んでしまったことを心から申し訳なく思っています」

沈痛な面持ちで氷室さんが深々と頭を下げた。

…お願い。早く柚くんを助けて。
私のせいだけど、だけど、お願い、柚くんを助けて。

「私が接触した感じでは、彼らは国家に売却するシステム開発を目論んでいるようでした。恐らくそこに紘弥くんのスキルが必要なんだと思います。だから非道なことはしないと思うのですが、…必ず紘弥くんを見つけます。約束します」

パニックで涙が止められない私を労わるように言葉を尽くした後、しばらく黙って泣かせてくれた。

「すみません。もう一つ、…橘さんに謝罪しなければならないことがあります」

それからまた、徐に氷室さんが口を開いた。

「美雨のことで、多大なご迷惑をおかけしてしまいました。紘弥くんが私の立場を考慮して全ての矢面に立ってくれたのですが、…美雨との結婚は私がします」

美雨との結婚は、…私がします?

ショックで考えることを放棄している頭に氷室さんの言葉がとぎれとぎれに刺さる。

「…私は藤倉一族の外腹の子で、一族の権力者たちに認められる機会を待っていました。今回の任務はその絶好の機会でしたが、極秘に動く必要があったので、解決するまで紘弥くんが身代わりになってくれたのです。藤倉隆之介とその一団の失墜で、創業家で他に反対する者は居ません。美雨と結婚して一族を継ぎ、経営代表とグループのために尽力します」

氷室さんが再び立ち上がり、ひれ伏す勢いで頭を下げた。

「紘弥くんとあなたには辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

そんなの。
今言われても。

余計に涙が止まらなくなって困る。

「落ち着くまでのフリ」ってそういうこと?
柚くんは最初から。
美雨さんとの結婚は考えてなくて。

『言ったのに、俺はお前がいいって』
『お前じゃなきゃ嫌だって』

柚くん。

『するよ。…お前がしたいなら』

柚くん。柚くん。

『あおいに手出したら殺すから』

ずっと。
柚くんがずっと。
どんなに大切に想ってくれてたか
今更ながら思い知らされる。

『あおい。…ごめんな』

どうしよう。
柚くんに会いたいのに。
柚くんの他には何もいらないのに。

…柚くんがいない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

素直になっていいの?

詩織
恋愛
母子家庭で頑張ってたきた加奈に大きな転機がおきる。幸せになるのか?それとも…

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。 ・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...