67 / 95
second.66
しおりを挟む
「…あれ? 橘さん?」
うわあ、私のこと覚えててくれた!
柚くんのお父さんは私を認めると親しげな笑顔を見せた。
慌てて深々と頭を下げる。
「ご、…ご無沙汰しております」
「お元気ですか。いや、懐かしいな。紘弥は知っているのかな」
一流企業の代表者という隔たりを全く感じさせない穏やかな物言いは、昔と変わらない。
「橘さんに辞められて、紘弥はだいぶ荒れてましたから。よかったらまた会ってやってくださいね」
「…はい」
柔和な笑みを残して、柚くんのお父さんは役員らしき人たちに囲まれビルの中に入って行った。
…すみません。
息子さんに手を出しました。挙句に逃げました。最低です。
なのにまだ大好きです。
実は今朝キスしてもらいました。
いろいろすみません。ホントすみません。誠心誠意すみません。
後姿に精いっぱいの懺悔をする。
柚くんのお父さん。
すごく温かみがある。
あのお父さんがいたから、今の柚くんがいるわけで、きっと人望もあるんだろう。
ずっと父子家庭で頑張ってきた柚くんが、
お父さんに協力する気持ち、わかるような気がする。
「…あんた、ホントに小悪魔なんだ」
気が付くと、何故か姐さんが小悪魔認定していた。
…違うから!
「なるほどねぇ。7年ぶりの再会か」
帰りがけにコーヒーショップで沙織さんと向かい合って座る。
ぐずぐず言っている私を沙織さんはそっとしておいてくれた。
お父さんを見たら、あの頃の記憶が一気に押し寄せてきて、涙腺が緩んだ。
柚くん。
斜に構えた横顔。心の内を見透かす瞳。
無防備に投げ出す長い脚。ふざけて小突く温かい手。
愛おしい寝顔。
柔らかい髪。形のいい耳。
きめ細かい肌。くすぐったい吐息。
震える指先。優しい唇。
全部覚えてる。
ドアを閉めて外に出てからも涙が止まらなくて
月明かりに照らされた夜道をどこまで歩いても
どこにも行けなかったこと。
凍りついた道で背中を丸めて
行き交う人を眺めていただけの虚無な日々。
「まあ、なくしてから分かることもあるよね…」
コーヒーの芳しい香りと沙織さんのしみじみした声が染みる。
柚くん。
私を見つけてくれてありがとう。
私を諦めないでくれてありがとう。
『ばかはお前だろ。遅すぎるだろ』
『…紘弥はだいぶ荒れてました』
自分のことでいっぱいいっぱいだったけど、あの日柚くんを置きざりにしてしまったことを心の底から後悔した。
柚くんと柚くんのお父さんが難しい立場に立たされているのなら、
私だって協力したい。
要らないって言われても、もう絶対離れないから。
うわあ、私のこと覚えててくれた!
柚くんのお父さんは私を認めると親しげな笑顔を見せた。
慌てて深々と頭を下げる。
「ご、…ご無沙汰しております」
「お元気ですか。いや、懐かしいな。紘弥は知っているのかな」
一流企業の代表者という隔たりを全く感じさせない穏やかな物言いは、昔と変わらない。
「橘さんに辞められて、紘弥はだいぶ荒れてましたから。よかったらまた会ってやってくださいね」
「…はい」
柔和な笑みを残して、柚くんのお父さんは役員らしき人たちに囲まれビルの中に入って行った。
…すみません。
息子さんに手を出しました。挙句に逃げました。最低です。
なのにまだ大好きです。
実は今朝キスしてもらいました。
いろいろすみません。ホントすみません。誠心誠意すみません。
後姿に精いっぱいの懺悔をする。
柚くんのお父さん。
すごく温かみがある。
あのお父さんがいたから、今の柚くんがいるわけで、きっと人望もあるんだろう。
ずっと父子家庭で頑張ってきた柚くんが、
お父さんに協力する気持ち、わかるような気がする。
「…あんた、ホントに小悪魔なんだ」
気が付くと、何故か姐さんが小悪魔認定していた。
…違うから!
「なるほどねぇ。7年ぶりの再会か」
帰りがけにコーヒーショップで沙織さんと向かい合って座る。
ぐずぐず言っている私を沙織さんはそっとしておいてくれた。
お父さんを見たら、あの頃の記憶が一気に押し寄せてきて、涙腺が緩んだ。
柚くん。
斜に構えた横顔。心の内を見透かす瞳。
無防備に投げ出す長い脚。ふざけて小突く温かい手。
愛おしい寝顔。
柔らかい髪。形のいい耳。
きめ細かい肌。くすぐったい吐息。
震える指先。優しい唇。
全部覚えてる。
ドアを閉めて外に出てからも涙が止まらなくて
月明かりに照らされた夜道をどこまで歩いても
どこにも行けなかったこと。
凍りついた道で背中を丸めて
行き交う人を眺めていただけの虚無な日々。
「まあ、なくしてから分かることもあるよね…」
コーヒーの芳しい香りと沙織さんのしみじみした声が染みる。
柚くん。
私を見つけてくれてありがとう。
私を諦めないでくれてありがとう。
『ばかはお前だろ。遅すぎるだろ』
『…紘弥はだいぶ荒れてました』
自分のことでいっぱいいっぱいだったけど、あの日柚くんを置きざりにしてしまったことを心の底から後悔した。
柚くんと柚くんのお父さんが難しい立場に立たされているのなら、
私だって協力したい。
要らないって言われても、もう絶対離れないから。
1
お気に入りに追加
316
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる