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「じゃあ、また後で」

翌朝、桐生さんと会社ビルの前で別れた。
このままクライアント先へ直行するらしい。
つまり、わざわざ会社まで送ってくれたわけで、桐生さんて本当に優しいし、マメだし、大人だし、…

『もう俺にしとけ』

私って一体、…

「うわー、朝から嫌なもん見ちゃった」

エントランスホールで後ろから露骨に嫌そうな声が聞こえてきて振り向くと、

「あ、あおちゃん。おはよ~」

今日も完璧な装いで可愛らしい微笑みを浮かべた結子さんがいた。

いや、心の声、漏れてますがな。

「あおちゃん、モテ期だね」

流れで一緒にエレベータに乗り込むと、結子さんから耳打ちされた。

え。
キスしちゃったオーラ出てました!?

瞬時に柚くんの柔らかくて甘い唇の感触を思い出し、体温が急上昇する。

「うーわ」

とたんにものすごく低い結子さんのおっさん声が聞こえ、エレベータ内が騒めいた。
我に返ったらしい結子さんが、

「こないだ優男風のイケメンがあおちゃんのこと探してたみたいよ。もお。隅に置けないな~」

私の背中を相変わらずの腕力でばっしばし叩き、

「じゃ、頑張って~」

訳も分からず7階で降ろされた。

えー、経理課13階なんですけど。

階段で上がったら、経理課のフロアに着く頃には膝ががくがくした。

「橘補佐! 見ましたよ、今朝もチーフとラブラブ出勤! 何ですか、そのカッコ。やだ、もお、チーフったらテクニシャン」

よれよれしながらデスクにたどり着いた私を見て、清水さんが1人で盛り上がっていたけれど、
今日も監査は続いているわけで、清水さんに構っている暇はない。
課長、また休んでるし!

運動不足を痛感しながら会議室に向かう。

「あーあ、いいなぁ、補佐」
「あーあ、いいなぁ、チーフ」
「…合コンしよ」
「…仕事しよ」

そういえば。
結子さんが言ってた「優男風イケメン」って誰のことだろう。
最近絡まれた覚えがあるのは恵那さんだけど、
恵那さんはどちらかというと「マッチョ風イケメン」の部類だし。

優男風イケメンって言われて思い浮かぶのは、…

「呼んだ、橘さん?」

会議室に続く通路で後ろから加藤さんがひょっこり現れた。
丸い顔。丸い鼻。丸い体型。丸いお腹。

…お前じゃねー。

加藤さんと一緒に会議室に入ると、沙織さんは既に来ていて、パソコンを操作している柚くんと談笑していた。

…柚くん。

『言ったのに。俺はお前がいいって』

わー、うわー、うわあ―――――っ

柚くんの柔らかい髪。長いまつ毛。桜色の唇。
ここぞとばかりに、乙女あおいが昨日のハイライトを脳内エンドレス再生させる。

柚くんがあの長い指で私の頬に触れて、…

「あんた、桐生とヤッたの?」

挨拶より先に、沙織さんの冷めた第一声がとんだ。

ちょっと姐さん、柚くんの前でなんてこと言ってくれちゃってんの!?

「幸せそうな顔しちゃってさー。まあ、桐生、上手いもんね」

いや、知りませんて。

「この娘、小悪魔ぶって私の元旦那のこと弄んでんのよ」

いやいや、姐さん。どこまであけすけですのん!
ってか、柚くんに振らないで!

「…へぇ」

柚くんは横目で私をチラリと見ると、

「まあ、…わかります」

沙織さんにそつなく頷いた。

って、わかるんか―――い!

朝から著しく消耗して肩で息をしていたら、恨みがましい視線を向ける加藤さんと目が合った。

いや、だから知りませんて。
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