54 / 95
second.53
しおりを挟む
「じゃあ、また後で」
翌朝、桐生さんと会社ビルの前で別れた。
このままクライアント先へ直行するらしい。
つまり、わざわざ会社まで送ってくれたわけで、桐生さんて本当に優しいし、マメだし、大人だし、…
『もう俺にしとけ』
私って一体、…
「うわー、朝から嫌なもん見ちゃった」
エントランスホールで後ろから露骨に嫌そうな声が聞こえてきて振り向くと、
「あ、あおちゃん。おはよ~」
今日も完璧な装いで可愛らしい微笑みを浮かべた結子さんがいた。
いや、心の声、漏れてますがな。
「あおちゃん、モテ期だね」
流れで一緒にエレベータに乗り込むと、結子さんから耳打ちされた。
え。
キスしちゃったオーラ出てました!?
瞬時に柚くんの柔らかくて甘い唇の感触を思い出し、体温が急上昇する。
「うーわ」
とたんにものすごく低い結子さんのおっさん声が聞こえ、エレベータ内が騒めいた。
我に返ったらしい結子さんが、
「こないだ優男風のイケメンがあおちゃんのこと探してたみたいよ。もお。隅に置けないな~」
私の背中を相変わらずの腕力でばっしばし叩き、
「じゃ、頑張って~」
訳も分からず7階で降ろされた。
えー、経理課13階なんですけど。
階段で上がったら、経理課のフロアに着く頃には膝ががくがくした。
「橘補佐! 見ましたよ、今朝もチーフとラブラブ出勤! 何ですか、そのカッコ。やだ、もお、チーフったらテクニシャン」
よれよれしながらデスクにたどり着いた私を見て、清水さんが1人で盛り上がっていたけれど、
今日も監査は続いているわけで、清水さんに構っている暇はない。
課長、また休んでるし!
運動不足を痛感しながら会議室に向かう。
「あーあ、いいなぁ、補佐」
「あーあ、いいなぁ、チーフ」
「…合コンしよ」
「…仕事しよ」
そういえば。
結子さんが言ってた「優男風イケメン」って誰のことだろう。
最近絡まれた覚えがあるのは恵那さんだけど、
恵那さんはどちらかというと「マッチョ風イケメン」の部類だし。
優男風イケメンって言われて思い浮かぶのは、…
「呼んだ、橘さん?」
会議室に続く通路で後ろから加藤さんがひょっこり現れた。
丸い顔。丸い鼻。丸い体型。丸いお腹。
…お前じゃねー。
加藤さんと一緒に会議室に入ると、沙織さんは既に来ていて、パソコンを操作している柚くんと談笑していた。
…柚くん。
『言ったのに。俺はお前がいいって』
わー、うわー、うわあ―――――っ
柚くんの柔らかい髪。長いまつ毛。桜色の唇。
ここぞとばかりに、乙女あおいが昨日のハイライトを脳内エンドレス再生させる。
柚くんがあの長い指で私の頬に触れて、…
「あんた、桐生とヤッたの?」
挨拶より先に、沙織さんの冷めた第一声がとんだ。
ちょっと姐さん、柚くんの前でなんてこと言ってくれちゃってんの!?
「幸せそうな顔しちゃってさー。まあ、桐生、上手いもんね」
いや、知りませんて。
「この娘、小悪魔ぶって私の元旦那のこと弄んでんのよ」
いやいや、姐さん。どこまであけすけですのん!
ってか、柚くんに振らないで!
「…へぇ」
柚くんは横目で私をチラリと見ると、
「まあ、…わかります」
沙織さんにそつなく頷いた。
って、わかるんか―――い!
朝から著しく消耗して肩で息をしていたら、恨みがましい視線を向ける加藤さんと目が合った。
いや、だから知りませんて。
翌朝、桐生さんと会社ビルの前で別れた。
このままクライアント先へ直行するらしい。
つまり、わざわざ会社まで送ってくれたわけで、桐生さんて本当に優しいし、マメだし、大人だし、…
『もう俺にしとけ』
私って一体、…
「うわー、朝から嫌なもん見ちゃった」
エントランスホールで後ろから露骨に嫌そうな声が聞こえてきて振り向くと、
「あ、あおちゃん。おはよ~」
今日も完璧な装いで可愛らしい微笑みを浮かべた結子さんがいた。
いや、心の声、漏れてますがな。
「あおちゃん、モテ期だね」
流れで一緒にエレベータに乗り込むと、結子さんから耳打ちされた。
え。
キスしちゃったオーラ出てました!?
瞬時に柚くんの柔らかくて甘い唇の感触を思い出し、体温が急上昇する。
「うーわ」
とたんにものすごく低い結子さんのおっさん声が聞こえ、エレベータ内が騒めいた。
我に返ったらしい結子さんが、
「こないだ優男風のイケメンがあおちゃんのこと探してたみたいよ。もお。隅に置けないな~」
私の背中を相変わらずの腕力でばっしばし叩き、
「じゃ、頑張って~」
訳も分からず7階で降ろされた。
えー、経理課13階なんですけど。
階段で上がったら、経理課のフロアに着く頃には膝ががくがくした。
「橘補佐! 見ましたよ、今朝もチーフとラブラブ出勤! 何ですか、そのカッコ。やだ、もお、チーフったらテクニシャン」
よれよれしながらデスクにたどり着いた私を見て、清水さんが1人で盛り上がっていたけれど、
今日も監査は続いているわけで、清水さんに構っている暇はない。
課長、また休んでるし!
運動不足を痛感しながら会議室に向かう。
「あーあ、いいなぁ、補佐」
「あーあ、いいなぁ、チーフ」
「…合コンしよ」
「…仕事しよ」
そういえば。
結子さんが言ってた「優男風イケメン」って誰のことだろう。
最近絡まれた覚えがあるのは恵那さんだけど、
恵那さんはどちらかというと「マッチョ風イケメン」の部類だし。
優男風イケメンって言われて思い浮かぶのは、…
「呼んだ、橘さん?」
会議室に続く通路で後ろから加藤さんがひょっこり現れた。
丸い顔。丸い鼻。丸い体型。丸いお腹。
…お前じゃねー。
加藤さんと一緒に会議室に入ると、沙織さんは既に来ていて、パソコンを操作している柚くんと談笑していた。
…柚くん。
『言ったのに。俺はお前がいいって』
わー、うわー、うわあ―――――っ
柚くんの柔らかい髪。長いまつ毛。桜色の唇。
ここぞとばかりに、乙女あおいが昨日のハイライトを脳内エンドレス再生させる。
柚くんがあの長い指で私の頬に触れて、…
「あんた、桐生とヤッたの?」
挨拶より先に、沙織さんの冷めた第一声がとんだ。
ちょっと姐さん、柚くんの前でなんてこと言ってくれちゃってんの!?
「幸せそうな顔しちゃってさー。まあ、桐生、上手いもんね」
いや、知りませんて。
「この娘、小悪魔ぶって私の元旦那のこと弄んでんのよ」
いやいや、姐さん。どこまであけすけですのん!
ってか、柚くんに振らないで!
「…へぇ」
柚くんは横目で私をチラリと見ると、
「まあ、…わかります」
沙織さんにそつなく頷いた。
って、わかるんか―――い!
朝から著しく消耗して肩で息をしていたら、恨みがましい視線を向ける加藤さんと目が合った。
いや、だから知りませんて。
1
お気に入りに追加
316
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完】あなたから、目が離せない。
ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。
・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる