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柚くんとキス。
柚くんと。
キス、…
うっきゃっきゃあ―――――っ
などと、余韻に浸る間は全くなく、派手な音を立ててドアが開いた。
「紘弥っ︎!!」
血相を変えた美雨さんが飛び込んで来て、一撃で私を突き飛ばし、柚くんに抱きついた。
めっちゃ華奢な見た目のわりに、結構な力の強さと言えよう。
「紘弥、紘弥、大丈夫っ︎!? 刺されたって聞いて、あたし、あたし、…っ!」
美雨さんが柚くんの胸で号泣している。
うん。
なんか、鼻水垂れてた私と違って、これが正しい乙女の泣き方、のような気がする。
「…美雨。大丈夫だから」
柚くんがなだめて離れようとすると、美雨さんはますます強くしがみつく。
「紘弥くん、災難でしたね。無事で何よりです」
続いて入ってきた美雨さんのマネージャーさんと挨拶を交わす。
「下に車停めてありますから、帰りましょう」
マネージャーさんがテキパキと荷物をまとめて退室を促す。
ぞろぞろと部屋を出ながら、
「あおい」
どうにか美雨さんを引きはがしたらしい柚くんが私を見る。
「……」
さらうように連れていかれた柚くんに、返事が出来なかった。
柚くんのきれいな瞳には私が映っていたのに。
それなのに。
美雨さんと一緒の所を見たくない。
「みう」って呼ぶのを聞きたくない。
一緒に帰って欲しくない。
他の誰も、その胸の中に入れないで。
「…橘?」
廊下に立ち尽くしていた私の前に、大きな人影が被さる。
「大丈夫だったか」
温かい手が私の頭の上に置かれ、それが優しすぎて涙声になってしまった。
「…桐生さん」
桐生さんの温かくてたくましい腕の中に包まれた。
「…大変だったな。今日は一緒に帰ろう。一人じゃ心細いだろ」
桐生さんがあやすように私の髪をなでる。
どうして。
柚くんが、キスしてくれたのに。
…苦しい。
柚くんが幸せならそれでいいと思ってたのに。
ものすごく欲張りになっている。
何もかも全部ひとり占めしたい。
柚くんは私のだって言いたい。
自分でも知らなかった感情が次々と沸き起こり、涙になって溢れる。
柚くん、結婚するの?
「…あいつ、なんで藤倉姓なんだろうな」
黙って私を優しく抱きしめてくれていた桐生さんが、独り言みたいにつぶやいた。
…ん?
目を上げると、穏やかな顔をした桐生さんと目が合った。
「結婚、してないんだろ?」
…エスパー!?
私の心の声が聞こえたように、桐生さんは目尻に優しい皺を刻んで可愛らしいえくぼを見せた。
「まあ、事情があるんだろうけど、…やっぱり面倒くさそうだから、もう俺にしとけ」
桐生さんがぎゅうっと私を腕の中に閉じ込めた。
冗談交じりのようで。
意外と本気のようで。
恋って難しい。
ただ好きなだけじゃ、どこにも行けない。
『イヌはネズミにキスをしました。
そして、イヌのガールフレンドと結婚したのでした』
そんな「めでたしめでたし」あるか―――い!
桐生さんに断ってトイレに寄ったところで一人ボケ突っ込みしてしまった。
泣きすぎてかぴかぴになってしまった顔を洗う。
30歳。ツラいぜ、すっぴん。
トイレから出たら、…迷った。
あれ? 曲がるところ間違えた?
通路を引き返そうとしたところで、
「…ああ、そうだ」
低い声が聞こえて足を止めた。
交差した通路の先で、誰かが電話しているようだった。
「…女は好きに使え。ヒロヤは無傷で連れてこい」
邪魔しないように戻ろうとしたのに、その名前が聞こえて動けなくなった。
「…次はしくじるなよ、カズマ」
それは最近、どこかで聞いた声だった。
柚くんと。
キス、…
うっきゃっきゃあ―――――っ
などと、余韻に浸る間は全くなく、派手な音を立ててドアが開いた。
「紘弥っ︎!!」
血相を変えた美雨さんが飛び込んで来て、一撃で私を突き飛ばし、柚くんに抱きついた。
めっちゃ華奢な見た目のわりに、結構な力の強さと言えよう。
「紘弥、紘弥、大丈夫っ︎!? 刺されたって聞いて、あたし、あたし、…っ!」
美雨さんが柚くんの胸で号泣している。
うん。
なんか、鼻水垂れてた私と違って、これが正しい乙女の泣き方、のような気がする。
「…美雨。大丈夫だから」
柚くんがなだめて離れようとすると、美雨さんはますます強くしがみつく。
「紘弥くん、災難でしたね。無事で何よりです」
続いて入ってきた美雨さんのマネージャーさんと挨拶を交わす。
「下に車停めてありますから、帰りましょう」
マネージャーさんがテキパキと荷物をまとめて退室を促す。
ぞろぞろと部屋を出ながら、
「あおい」
どうにか美雨さんを引きはがしたらしい柚くんが私を見る。
「……」
さらうように連れていかれた柚くんに、返事が出来なかった。
柚くんのきれいな瞳には私が映っていたのに。
それなのに。
美雨さんと一緒の所を見たくない。
「みう」って呼ぶのを聞きたくない。
一緒に帰って欲しくない。
他の誰も、その胸の中に入れないで。
「…橘?」
廊下に立ち尽くしていた私の前に、大きな人影が被さる。
「大丈夫だったか」
温かい手が私の頭の上に置かれ、それが優しすぎて涙声になってしまった。
「…桐生さん」
桐生さんの温かくてたくましい腕の中に包まれた。
「…大変だったな。今日は一緒に帰ろう。一人じゃ心細いだろ」
桐生さんがあやすように私の髪をなでる。
どうして。
柚くんが、キスしてくれたのに。
…苦しい。
柚くんが幸せならそれでいいと思ってたのに。
ものすごく欲張りになっている。
何もかも全部ひとり占めしたい。
柚くんは私のだって言いたい。
自分でも知らなかった感情が次々と沸き起こり、涙になって溢れる。
柚くん、結婚するの?
「…あいつ、なんで藤倉姓なんだろうな」
黙って私を優しく抱きしめてくれていた桐生さんが、独り言みたいにつぶやいた。
…ん?
目を上げると、穏やかな顔をした桐生さんと目が合った。
「結婚、してないんだろ?」
…エスパー!?
私の心の声が聞こえたように、桐生さんは目尻に優しい皺を刻んで可愛らしいえくぼを見せた。
「まあ、事情があるんだろうけど、…やっぱり面倒くさそうだから、もう俺にしとけ」
桐生さんがぎゅうっと私を腕の中に閉じ込めた。
冗談交じりのようで。
意外と本気のようで。
恋って難しい。
ただ好きなだけじゃ、どこにも行けない。
『イヌはネズミにキスをしました。
そして、イヌのガールフレンドと結婚したのでした』
そんな「めでたしめでたし」あるか―――い!
桐生さんに断ってトイレに寄ったところで一人ボケ突っ込みしてしまった。
泣きすぎてかぴかぴになってしまった顔を洗う。
30歳。ツラいぜ、すっぴん。
トイレから出たら、…迷った。
あれ? 曲がるところ間違えた?
通路を引き返そうとしたところで、
「…ああ、そうだ」
低い声が聞こえて足を止めた。
交差した通路の先で、誰かが電話しているようだった。
「…女は好きに使え。ヒロヤは無傷で連れてこい」
邪魔しないように戻ろうとしたのに、その名前が聞こえて動けなくなった。
「…次はしくじるなよ、カズマ」
それは最近、どこかで聞いた声だった。
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