上 下
48 / 95

second.47

しおりを挟む
「では今日はここまでにしましょう。どうもお疲れさまでした」

加藤さんの声に、一同そろって頭を下げる。

終わった―――――っ

不安しかなかった会計監査。
とりあえず初日は無事クリア。
まあ直しはいっぱいあるんだけど、ひとまず終わったから良し。
後の3日間もこの調子でいけば何とかなるかな。

監査法人の皆様も長居する気は毛頭ないらしく、いそいそと帰り支度をしている。

沙織さんも恵那さんも、ウソかホントか反応に困ることはあったけど、だからと言って何事も起こらず、居心地が悪いだけで終わってよかった。

「それじゃあ、橘さん、失礼します」

ドア口に立ち、一礼して会議室を出て行く皆様をお見送りする。
通路の向こうに後姿が見えなくなってから、おもむろにドアを閉めた。

あー、良かった。

ほっとしてそのままへたり込み、ちょっとだけ休んでから片付けよう、と思っていたところで、外からドアノブが回った。

「忘れ物しちゃったぁ、ウサギチャン」

素早く中に入ってきた恵那さんが、後ろ手に会議室のドアを閉める。
続いて、鍵のかかる音がした。

心臓が凍りついた。
床に座り込んだまま、後ずさる。が、そんな微々たる動きは瞬時に跳躍してきた恵那さんに封じられた。

黒い革手袋をはめた恵那さんは、私に馬乗りになり、両腕を頭上に拘束すると

「い~い眺め」

口元に不気味な笑みを刻みながら、舌なめずりをする獣そのものに舌でゆっくりと唇をなぞった。

革手袋で乱暴に私の顎をつかむ。

「ボクねぇ、ヒロヤクンのこと嫌いなんだよねーぇ。平然と何でも手に入れちゃって、そのくせ何にも興味ないみたいにスカしちゃってさー」

恵那さんの手が首に降りてくる。指先で首筋をなぞられて、恐怖と気持ちの悪さで吐き気がした。

「あのアタマ空っぽのおヨメさん? いいこと教えてくれたよねぇ。こんなところにヒロヤクンのアキレス腱があったなんてーぇ」

下から喉を締め上げられて、息が出来なくなる。苦しくて、生理的な涙が込み上げる。

「アンタをめちゃくちゃにしたら、どんな顔するかなーぁ」

恵那さんが狂ったような甲高い笑い声をあげた。
声は違っていたけれど、倉庫の笑い声と同じに聞こえた。

「そんな大層な中身とも思えないけどぉー」

恵那さんの手が首から離れ、胸元にかかった。
気道が空気を求めて音を鳴らし、苦しくて咳き込んだ。

恵那さんがブラウスのボタンを外すと全身に鳥肌が立って、逃れようと必死でもがいた。

…柚くん!

多分、今、柚くんは来ない方がいいのに。
この人の目的は柚くんなのに。

柚くんしか思い浮かばなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

社長、嫌いになってもいいですか?

和泉杏咲
恋愛
ずっと連絡が取れなかった恋人が、女と二人きりで楽そうに話していた……!? 浮気なの? 私のことは捨てるの? 私は出会った頃のこと、付き合い始めた頃のことを思い出しながら走り出す。 「あなたのことを嫌いになりたい…!」 そうすれば、こんな苦しい思いをしなくて済むのに。 そんな時、思い出の紫陽花が目の前に現れる。 美しいグラデーションに隠された、花言葉が私の心を蝕んでいく……。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...