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「じゃあ、せっかくだから頂こうか」
桐生さんがよしよしと私の頭をなでて、食べかけの料理の器を手に取った。
髪に触れた桐生さんの手のひらが優しすぎて、鼻の奥がツンとする。
桐生さん。
私のこと、好きって言ってくれた。
それで。
『好きな人には幸せでいて欲しいと思うけどね』
いつも私を柔らかく包んでくれる。
「あの、…桐生さん、私、…」
私はその優しさに甘えてばかりいる。
「ん?」
桐生さんが端正な顔を斜めに傾け、目尻に穏やかな笑みを刻んで私をのぞき込む。
私は、ものすごくずるいんじゃないだろうか。
桐生さんに、きちんと返事をしなきゃいけないんじゃないだろうか。
「…あの、…あの、私、…」
「しーっ」
うまく言葉に出来ずにいた私の唇に、桐生さんが人差し指を押し当てた。
ふわり、と桐生さんのたくましい腕が私を包む。
「まだ、予約中だから」
桐生さんの少し骨ばった指が私の髪を何度もなでる。
どうして桐生さんは私が言いたいこと、何でもわかるんだろう。
「NYにいる時、…お前が1人で泣いてるんじゃないかって、ずっと気になってた。橘は恋愛を遠ざけていたけど、いつもどこか寂しそうで。…結婚してたから、深入り出来なかったけど、…離れたこと、死ぬほど後悔した」
規則正しい桐生さんの鼓動が聞こえる。
触れた顔に桐生さんの体温が伝わる。
低い声が、頭の上から甘く響く。
「…ちょっと遅かったかな。でも、まだ離さない」
桐生さんは私の髪に指を絡めて上向かせると、鼻先にその温かな唇を押し当てた。
う、う、うわ―――――、…っ
ぎこちなく固まる私を引き寄せると、
「なんかアイツ面倒くさそうだから、…俺にしとけば?」
ぎゅ。
再び腕の中に閉じ込めて、甘く囁いた。
桐生さんの優しさが沁みて、何も言えなくなる。
桐生さんの「まだ」は何もかもを承知している。
ナミちゃんは正しい。
桐生さんなら絶対幸せにしてくれる。
それでも。
趣ある個室の柔らかな灯りに照らされた畳の模様が涙でにじんだ。
「ところで、何か危ない目に遭ったの?」
食後のお茶を頂きながら、桐生さんに見つめられた。
桐生さんに見つめられると、自然と鼻の頭が赤くなる。
いやいや、落ち着け。
「…あ、…」
そういえば、去り際に美雨さん、「また危険な目に遭っても」って言った。
…倉庫の一件を知ってる、ってこと?
実は停電で倉庫に閉じ込められたことを話すと、
「防犯システムの見直しが必要だな。停電が故意なら、…電力系統を簡単に破れる奴がいるってのは、ちょっと厄介だけど」
桐生さんは少し難しい顔をしてから、
「…あの娘、机叩いてたけど、腕、平気そうだったよな」
独り言のようにつぶやいた。
あ!
美雨さん、暴漢に襲われて怪我をしたってニュースになっていたのに、お見舞いを言う隙が無かった!
「…怒られて、追い詰められて、泣きつきに来たわけか。また変な気起こさないといいけど」
桐生さんは何かに納得しつつ、
「やっぱり離せないな」
私の髪をするりとなでた。
桐生さんがよしよしと私の頭をなでて、食べかけの料理の器を手に取った。
髪に触れた桐生さんの手のひらが優しすぎて、鼻の奥がツンとする。
桐生さん。
私のこと、好きって言ってくれた。
それで。
『好きな人には幸せでいて欲しいと思うけどね』
いつも私を柔らかく包んでくれる。
「あの、…桐生さん、私、…」
私はその優しさに甘えてばかりいる。
「ん?」
桐生さんが端正な顔を斜めに傾け、目尻に穏やかな笑みを刻んで私をのぞき込む。
私は、ものすごくずるいんじゃないだろうか。
桐生さんに、きちんと返事をしなきゃいけないんじゃないだろうか。
「…あの、…あの、私、…」
「しーっ」
うまく言葉に出来ずにいた私の唇に、桐生さんが人差し指を押し当てた。
ふわり、と桐生さんのたくましい腕が私を包む。
「まだ、予約中だから」
桐生さんの少し骨ばった指が私の髪を何度もなでる。
どうして桐生さんは私が言いたいこと、何でもわかるんだろう。
「NYにいる時、…お前が1人で泣いてるんじゃないかって、ずっと気になってた。橘は恋愛を遠ざけていたけど、いつもどこか寂しそうで。…結婚してたから、深入り出来なかったけど、…離れたこと、死ぬほど後悔した」
規則正しい桐生さんの鼓動が聞こえる。
触れた顔に桐生さんの体温が伝わる。
低い声が、頭の上から甘く響く。
「…ちょっと遅かったかな。でも、まだ離さない」
桐生さんは私の髪に指を絡めて上向かせると、鼻先にその温かな唇を押し当てた。
う、う、うわ―――――、…っ
ぎこちなく固まる私を引き寄せると、
「なんかアイツ面倒くさそうだから、…俺にしとけば?」
ぎゅ。
再び腕の中に閉じ込めて、甘く囁いた。
桐生さんの優しさが沁みて、何も言えなくなる。
桐生さんの「まだ」は何もかもを承知している。
ナミちゃんは正しい。
桐生さんなら絶対幸せにしてくれる。
それでも。
趣ある個室の柔らかな灯りに照らされた畳の模様が涙でにじんだ。
「ところで、何か危ない目に遭ったの?」
食後のお茶を頂きながら、桐生さんに見つめられた。
桐生さんに見つめられると、自然と鼻の頭が赤くなる。
いやいや、落ち着け。
「…あ、…」
そういえば、去り際に美雨さん、「また危険な目に遭っても」って言った。
…倉庫の一件を知ってる、ってこと?
実は停電で倉庫に閉じ込められたことを話すと、
「防犯システムの見直しが必要だな。停電が故意なら、…電力系統を簡単に破れる奴がいるってのは、ちょっと厄介だけど」
桐生さんは少し難しい顔をしてから、
「…あの娘、机叩いてたけど、腕、平気そうだったよな」
独り言のようにつぶやいた。
あ!
美雨さん、暴漢に襲われて怪我をしたってニュースになっていたのに、お見舞いを言う隙が無かった!
「…怒られて、追い詰められて、泣きつきに来たわけか。また変な気起こさないといいけど」
桐生さんは何かに納得しつつ、
「やっぱり離せないな」
私の髪をするりとなでた。
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