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「あおい。今日誕生日なんだって? 今日は残業しちゃダメだよ」
就業時間が終わりに近づいた頃、経理課にふらりと桐生さんが現れた。
「きゃあ、桐生チーフ! いつもお世話になってまーす」
帰り支度を始めていた清水さんが、急に書類を広げ直し、やる気を見せ始める。
「うん、清水さん。今日も頑張ってるね」
「きゃあ、チーフ。名前覚えててくださったんですね~」
浮き浮きと姿勢を正す清水さんだが、業務はまるで進んでいない。
桐生さんはにこやかにその様子を見守ると、
「で、あおい。今日は夜景でも見ながら、2人でめくるめく忘れられない体験をしような」
おもむろに後ろから私のデスクに手をつき、片手で私の髪を弄び始めた。
き。…桐生さん!?
突然の甘い空気に背中が硬直し、動けなくなる。
ななな、…何事!?
「きゃあっ」
「…なんか、キャラ変わってません?」
経理課にどよめきが走る中、
「課長ー、課外の人が風紀乱しに来たんで、帰ってもらっていいですかー?」
斜め向かいのデスクから柚くんの平坦な声がとぶ。
「…藤倉くん、怖いもの知らずだね」
「あれ? 藤倉くん、気になるの? 一緒に来たい?」
「は? …誰が」
一瞬、桐生さんと柚くんの間に見えない火花が散ったような、
「ええ~っ、あたし、行きたいです~~~っ!」
「ああー、俺もです!」
気のせいなような。
「じゃ、今日は経理課、定時退社で。課長、後はよろしくお願いしますね」
「…えー、ボクも行きた、…」
「じゃあ、お先に失礼します!」
「…はやタン、いけず」
そういえば。
桐生さんは割と強引なのでした。
桐生さんにまとめられて、清水さん、谷くん、柚くん、私という不思議なメンバーでエレベータに乗り込むと、
「あ、颯人!」
時の人、結子さんに出くわしてしまった。
「颯人、お疲れ様」
混み合うエレベータの中、結子さんは器用にも桐生さんの前ポジションをゲットし、可愛らしく微笑む。
…意外と元気そうですね。
「やだー、あおちゃん。みんなでどこか行くの? 一緒に行っていい?」
「え、…えーっと、…」
愛想よく話しかけてくる結子さんは今日も可憐さが半端ないが、もはや恐怖しか感じない。
「…メンタル最強」
清水さんのささやきに一票。
「…早川、スーツはもう棄てた?」
「…うん。もう二度と着ない」
桐生さんが結子さんを見る目に優しさは欠片も感じられない。結子さんは拗ねたように少し唇を噛んだ。
「…甘くね?」
「…これでも同期だから」
エレベータが地上に到着し、次々と降りる人波に押し出されながら、
かすかに柚くんと桐生さんの声が聞こえたような気がした。
就業時間が終わりに近づいた頃、経理課にふらりと桐生さんが現れた。
「きゃあ、桐生チーフ! いつもお世話になってまーす」
帰り支度を始めていた清水さんが、急に書類を広げ直し、やる気を見せ始める。
「うん、清水さん。今日も頑張ってるね」
「きゃあ、チーフ。名前覚えててくださったんですね~」
浮き浮きと姿勢を正す清水さんだが、業務はまるで進んでいない。
桐生さんはにこやかにその様子を見守ると、
「で、あおい。今日は夜景でも見ながら、2人でめくるめく忘れられない体験をしような」
おもむろに後ろから私のデスクに手をつき、片手で私の髪を弄び始めた。
き。…桐生さん!?
突然の甘い空気に背中が硬直し、動けなくなる。
ななな、…何事!?
「きゃあっ」
「…なんか、キャラ変わってません?」
経理課にどよめきが走る中、
「課長ー、課外の人が風紀乱しに来たんで、帰ってもらっていいですかー?」
斜め向かいのデスクから柚くんの平坦な声がとぶ。
「…藤倉くん、怖いもの知らずだね」
「あれ? 藤倉くん、気になるの? 一緒に来たい?」
「は? …誰が」
一瞬、桐生さんと柚くんの間に見えない火花が散ったような、
「ええ~っ、あたし、行きたいです~~~っ!」
「ああー、俺もです!」
気のせいなような。
「じゃ、今日は経理課、定時退社で。課長、後はよろしくお願いしますね」
「…えー、ボクも行きた、…」
「じゃあ、お先に失礼します!」
「…はやタン、いけず」
そういえば。
桐生さんは割と強引なのでした。
桐生さんにまとめられて、清水さん、谷くん、柚くん、私という不思議なメンバーでエレベータに乗り込むと、
「あ、颯人!」
時の人、結子さんに出くわしてしまった。
「颯人、お疲れ様」
混み合うエレベータの中、結子さんは器用にも桐生さんの前ポジションをゲットし、可愛らしく微笑む。
…意外と元気そうですね。
「やだー、あおちゃん。みんなでどこか行くの? 一緒に行っていい?」
「え、…えーっと、…」
愛想よく話しかけてくる結子さんは今日も可憐さが半端ないが、もはや恐怖しか感じない。
「…メンタル最強」
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「…早川、スーツはもう棄てた?」
「…うん。もう二度と着ない」
桐生さんが結子さんを見る目に優しさは欠片も感じられない。結子さんは拗ねたように少し唇を噛んだ。
「…甘くね?」
「…これでも同期だから」
エレベータが地上に到着し、次々と降りる人波に押し出されながら、
かすかに柚くんと桐生さんの声が聞こえたような気がした。
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