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細田課長から電話があったのは、謹慎8日目の木曜日の夜だった。

「常務が、依願退職することになった」

え、…

課長が告げた内容に、言葉を失った。

内部調査により、BBAファイナンスは常務が個人的に設立した企業であり、経営が立ち行かなくなっていたこと、会社の資金を流用して債務の弁済にあてようとしていたことが判明したという。

「不正取引した300万は返済され、会社とは示談が成立した。社長が、ともかく橘さんに謝りたいから戻ってきてほしい、と」

「…はあ」

常務は赤ら顔でフグ刺しを堪能していて、お金に困っているなんて全然わからなかった。

乾いた風が心を冷やす。
何だか胸が痛い。

「橘さんは課長補佐に昇進する予定だ。海外事業部の桐生くんが内部調査にだいぶ貢献してくれたんだが、社長に詰め寄ってね。まあ実際、課長の私以上の仕事をしてくれているわけだし」

…桐生さん。
大人で優しくて仕事ができて頼りになる。
こんな人、他にいない。
そばにいて慰めて励ましてくれた。
私にはもったいない本当に素敵な人。

「それと、これは言うなと言われたんだが、…今回の内部調査、藤倉財閥グループが動いた」

え…

電話を切る直前、課長がついでのように言った。

「WEB振込の不正アクセスに気づいて常務に目を付けたのは彼なんだが、藤倉くんの働きなしには解明は望めなかったよ」

うまく返事が出来なかった。

…柚くん。

電話を切った後、また泣けてきて困った。
さんざん泣いたのに、涙が枯れない。

どうして。
いつも柚くんが私を見つけてくれる。

柚くん。
柚くん。

こんなの。
どうやって諦めたらいい?
どうやって忘れたらいい?

どうしても溢れてしまう。

前よりもっと。ずっと。限りなく。
柚くんが愛しい。

翌朝、桐生さんが迎えに来てくれた。

「一緒に行こう」

桐生さんの大きな手が私を勇気づけ、立ちすくみそうになる私の背中を押してくれた。

「あ、の、…ご心配を、…」

フロアで経理課のメンバーを見たら、なんだか胸がいっぱいになって上手くしゃべれなくなってしまった。

「…おかえり」

柚くんの少し掠れた声が、沈黙を破る。

「おかえり」「おかえりなさい」
課長と清水さんと谷くんの声が合わさる。

「もお、主任がいないから仕事がたまりにたまってますよ」
「すまん、橘。決算書類、早急に仕上げて欲しい」
「清水さん、役に立たな過ぎて」
「黙れよ、谷」

経理課にいつもの空気が戻り、いつもの業務が始まった。

「あの、…ありがとう」

デスクに戻る前に柚くんを捕まえてそう告げると、ちょっとふて腐れたようにそっぽを向いて、グーで頭を小突かれた。

『世界は優しいばかりじゃないけど、そう悪くないこともたまにはある』

神さま、どうか許してください。

どうしても。
柚くんが愛しい。 
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