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「藤倉くん、経理課へようこそ~~~」
魚料理が美味しいと評判の海鮮居酒屋さんにて。
経理課の新入社員歓迎会が行われた。
一時はどうなるかと思った決算準備も何とか順調に進み、経理課一同ちょっと一息ついている。
「まあ、主役は女性で囲んであげて」
ということで、柚くんを挟んで私と清水さん。
向かいに細田課長と谷くんが座る。
課長は焼酎、清水さんはビール、谷くんはワインで、私は日本酒。
各々好きなドリンクが決まっているので、ここの課は勝手に飲むスタイルだ。
新人の柚くんは、…
「じゃ、俺も日本酒で。橘主任、注ぎますよ?」
無駄に人の血圧を上げるのは止めて欲しい。
ていうか、柚くんがお酒…
ちらりと横目で見るとなぜか目が合って、
「はい、乾杯」
お猪口がコツンと音を立てる。
ゆらりと揺れる透明なお酒は、まるで私の心模様だった。
柚くんと一緒にお酒を飲むなんて。
柚くんと乾杯する日が来るなんて。
妙に感慨深くて涙ぐんでしまいそうになる。
「へぇー、藤倉くん、大学では経営を勉強していたの」
「はい」
「数字には強いみたいだね」
「そんなことも、…ないですけど」
柚くんが経理課メンバーと和やかに会話している。
世間に対して常に構えていた柚くん。
あの頃の尖ったところがなくなって、本当に大人になったんだな、としみじみする。
おばんさい、まぐろの炙り焼き、ハモの天ぷら、
出汁巻卵焼き、海鮮ひつまぶし、エビのカレーうどん。
木造仕立ての明るい店内。
新鮮で厳選された旬のネタ。
気心の知れたメンバーと飲む美味しいお酒。
テーブルで沸き起こる談笑。
まったりした空気の中を漂っていたら、
「皆さん、お待たせいたしました! 経理課恒例『なんちゃってキス』のお時間です!」
ちょっと酔っ払い口調の清水さんが元気いっぱいに立ち上がった。
「なんすか、それ」
「やだなあ、谷くんたら、経理課の恒例行事を忘れたの? くじの相手となんちゃってキスするゲームじゃない」
「は?…うちの課いつからそんなアグレッシブになったんですか」
「バカね、谷。イケメンは世界を変えるのよ」
「ええー、ボクの唇奪われちゃったらどうしよう~~」
「黙れよ、細田」
経理課が、予想外の方向に盛り上がりを見せ始めた。
「いやいやいや、清水さん。そんなあなた。いたいけな子どもにそんな。そんなハレンチな」
「主任、落ち着いて。ゲームですから、ただのゲーム」
動揺して立ち上がった私は、清水さんにあっさりかわされた挙句に
「誰が子どもやねん」
呆れられた。
いや、だって。柚くんがキスとか。そんなの。
「セ、…セクハラだよね、谷くん?」
唯一の味方であるっぽい谷くんに救いを求めると、
「チャンスが平等ならアリだと思います」
簡単に裏切られた。
動揺したまま隣をチラリと見ると、柚くんは余裕の表情で頬杖をついている。ばかりか、若干楽しそうに見返してきた。
う。…まあ、そうか。
柚くんはもう奥さんもいるんだし。
あの時のまま、時間が止まっている私とは違う。
キスくらい余裕、…なのかなぁ。
魚料理が美味しいと評判の海鮮居酒屋さんにて。
経理課の新入社員歓迎会が行われた。
一時はどうなるかと思った決算準備も何とか順調に進み、経理課一同ちょっと一息ついている。
「まあ、主役は女性で囲んであげて」
ということで、柚くんを挟んで私と清水さん。
向かいに細田課長と谷くんが座る。
課長は焼酎、清水さんはビール、谷くんはワインで、私は日本酒。
各々好きなドリンクが決まっているので、ここの課は勝手に飲むスタイルだ。
新人の柚くんは、…
「じゃ、俺も日本酒で。橘主任、注ぎますよ?」
無駄に人の血圧を上げるのは止めて欲しい。
ていうか、柚くんがお酒…
ちらりと横目で見るとなぜか目が合って、
「はい、乾杯」
お猪口がコツンと音を立てる。
ゆらりと揺れる透明なお酒は、まるで私の心模様だった。
柚くんと一緒にお酒を飲むなんて。
柚くんと乾杯する日が来るなんて。
妙に感慨深くて涙ぐんでしまいそうになる。
「へぇー、藤倉くん、大学では経営を勉強していたの」
「はい」
「数字には強いみたいだね」
「そんなことも、…ないですけど」
柚くんが経理課メンバーと和やかに会話している。
世間に対して常に構えていた柚くん。
あの頃の尖ったところがなくなって、本当に大人になったんだな、としみじみする。
おばんさい、まぐろの炙り焼き、ハモの天ぷら、
出汁巻卵焼き、海鮮ひつまぶし、エビのカレーうどん。
木造仕立ての明るい店内。
新鮮で厳選された旬のネタ。
気心の知れたメンバーと飲む美味しいお酒。
テーブルで沸き起こる談笑。
まったりした空気の中を漂っていたら、
「皆さん、お待たせいたしました! 経理課恒例『なんちゃってキス』のお時間です!」
ちょっと酔っ払い口調の清水さんが元気いっぱいに立ち上がった。
「なんすか、それ」
「やだなあ、谷くんたら、経理課の恒例行事を忘れたの? くじの相手となんちゃってキスするゲームじゃない」
「は?…うちの課いつからそんなアグレッシブになったんですか」
「バカね、谷。イケメンは世界を変えるのよ」
「ええー、ボクの唇奪われちゃったらどうしよう~~」
「黙れよ、細田」
経理課が、予想外の方向に盛り上がりを見せ始めた。
「いやいやいや、清水さん。そんなあなた。いたいけな子どもにそんな。そんなハレンチな」
「主任、落ち着いて。ゲームですから、ただのゲーム」
動揺して立ち上がった私は、清水さんにあっさりかわされた挙句に
「誰が子どもやねん」
呆れられた。
いや、だって。柚くんがキスとか。そんなの。
「セ、…セクハラだよね、谷くん?」
唯一の味方であるっぽい谷くんに救いを求めると、
「チャンスが平等ならアリだと思います」
簡単に裏切られた。
動揺したまま隣をチラリと見ると、柚くんは余裕の表情で頬杖をついている。ばかりか、若干楽しそうに見返してきた。
う。…まあ、そうか。
柚くんはもう奥さんもいるんだし。
あの時のまま、時間が止まっている私とは違う。
キスくらい余裕、…なのかなぁ。
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