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しおりを挟む「多分戻った、と思う、けど。データは途中までしか復元できなかった」
柚くんが少し悔しそうな顔でこっちを見た。
急いでパソコンを確認する。
動きは正常に戻っており、データは。
「…ありがとう!」
最新のデータ以外、元に戻っていた。
「ありがとう!」
安堵して涙がにじんだ。最新のデータは、作り直せば間に合う。
「ホントお前、…」
柚くんが何かを言いかけた時、
「また遅くまで仕事してる」
フロアに桐生さんの声がした。
「新人くんを早速こき使ってるわけ?」
桐生さんが少しおどけながら、穏やかに近づいてきた。
桐生さんと面と向かって会うのはあれ以来で。
あれ。つまり、おでこ。
何だか顔が赤らんでしまってまともに目を合わせることができない。
そんな私を見透かしているのか、桐生さんは変わりなく優しい笑みをたたえて、私の頭に手を置いた。
「どーも」
幾分低い声で、柚くんが会釈する。
「経理課か。まあ、あおいを頼むよ」
桐生さんが柚くんを見ながら、出来の悪い後輩を慰めるように私の頭をポンポンなでる。
いや、なんか。皆さん私の扱い雑じゃないですかね。
そりゃまあ、データをとばした使えない主任ですけども。
心の中でぶつぶつ呟いていると、
「で、帰れる?」
桐生さんが私の髪に指を通しながら、のぞき込んだ。
「あ、…実は」
決算データを消してしまい、これから急ぎ作り直さなければならないことを伝えると、
「一緒に作り直そう。出納簿見せて」
上着を脱いで、桐生さんが清水さんのデスクに座る。
桐生さんは経理の大先輩だから、手伝ってもらえるならこんなに頼りになる人はいない。
「俺もやります」
柚くんが自分のデスクに座り直す。
「でも、…」
私のせいで初日から残業をさせてしまったうえ、更に遅くなるなんて。
やんわり断ろうとすると、
「手伝ってもらえば。人数は多い方が助かるし」
桐生さんが早速出納簿とパソコンを動かしながら、穏やかな目を向けた。
「…余裕かよ」
柚くんが小声で何やら毒づいたような気がしたけど、良く聞こえなかった。
明け方、空が白み始めた頃には、桐生さんと柚くんのおかげで大方のデータが完成した。
これで。
これで、決算に間に合う。
心の底から安心して力が抜けると、急速に睡魔に襲われた。
このところ、身体を酷使し過ぎた。
でも、今寝るわけには、…
理性は一瞬のうちに睡魔に飲み込まれ、うつらうつらと頭が揺れた。
まどろみの中で、夢を見た。
『疲れた。ちょい休憩』
柚くんが私の返事を待たずに、ぱたりとノートの間に倒れ込む。
伏せられた目の先で、長いまつ毛が揺れる。
きめ細かい肌。桜色の唇。規則正しい寝息。
柚くんの寝顔を見ると、泣きたくなる。
愛しくて。
あの日、目に焼き付けた最後の寝顔。
幸せすぎて、泣けてきて、怖くなった。
柚くんが目を開けた時、その綺麗な瞳の中に、落胆の色を見たくなかった。
思春期の夢から醒めて、冴えないただの年増オンナだと気づかれたくなかった。
この瞬間を生涯の宝物にして生きていこうと思った。
「ゆず、く、…」
神様に懺悔して、あどけなく眠るガラスの天使に口づけた。
温もりに包まれて、ゆらゆら揺れる。
隣に立つ人影の長い綺麗な指が、愛おしそうに髪をなでる。
折り曲げられた指の背でそっと頬に触れる。
「…ホントばか」
少し掠れた甘い声。切なく細められた綺麗な瞳。
幾度となく夢に見た優しい手が。
優しい声が。
優しい唇が。
過去を超えてそこに居る。
音もなく近づいた柔らかい影が、涙をたたえた瞳の淵に
優しくそっと口づけた。
そんな、都合のいい夢を見た。
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