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足元から震えが立ち昇ってくる。
目の前で起こったことが信じられなくて、何度も画面を見直す。
無意味にクリックし続け、復元を試みるけれど、何の効果もない。
あれがないと。
決算書を作れない。
あれは、毎月コツコツと確認して作り上げた、経理課の要ともいえるデータなのに。
1からデータを作り直して、決算に間に合う? いや、間に合わない。
「主任? どうかしましたか?」
谷くんが心配そうにこちらを見ている。
「あ、…うん。ううん、大丈夫」
自分の心臓の音が頭の奥で鳴り響く。
どうしよう。
「じゃあ、お先でーす。…藤倉くん、一緒に帰れるか見てこよ~」
定時になり、清水さんと課長がそそくさと席を立つ。
どうしよう、どうしよう。
焦るあまり、頭は意味のない言葉だけがぐるぐる回る。
「戻りました」
研修を終えた柚くんが戻ってきた。
「何かやることありますか」
「あ、…特には。ですよね、主任?」
話を振られてぎくりとしながら、
「うんうん。2人とももう帰って大丈夫だよ。お疲れさまでした」
何事もなかったかのように手を振って、若手2人を帰宅させた。
辞めるしかない。
ヘルプデスクにパソコンは修理してもらうとして。
データは作り直しても決算には間に合わない。
心からお詫びして、そして。
辞めるしかない。
自分の管理能力の甘さを呪った。
泣いてる場合じゃないけど、泣きたい気分だった。
「ちょっと、見せて」
近くで声がして、振り返ると、いつの間にか戻ってきた柚くんが、私の後ろからパソコンの画面をのぞき込んでいた。
「バグったの?」
柚くんが触れそうな距離で、後ろからマウスを操作する。
「…あ、…はい」
しどろもどろになりながら頷くと、柚くんは真剣な表情で画面に見入り、キーボードをたたき始めた。
「…ウイルスが、データを攻撃したのかも」
ぽつりとつぶやきながら、柚くんはケーブルを抜いたりソフトを入れたり何やらいろいろと操作を続けた。
邪魔にならないように、そっと横にずれた。
柚くん、戻ってきてくれた。
暗闇で1人取り残されていた私のもとに一筋の光が差した。
私が困ってるって、なんで分かったんだろう…
画面の光が柚くんの横顔を映し出す。
長いまつ毛が瞳を彩り、桜色の唇が時々かすかに動く。
綺麗な指先がキーボードとマウスを操り、
身動きすると柔らかく髪が揺れる。
柚くんの横顔を、綺麗な指先を、眺めていた日々がよみがえる。
誰にも知られないように、何度も目に焼き付けた。
どうしようもないくらい、強く心に焼き付いた。
目の前で起こったことが信じられなくて、何度も画面を見直す。
無意味にクリックし続け、復元を試みるけれど、何の効果もない。
あれがないと。
決算書を作れない。
あれは、毎月コツコツと確認して作り上げた、経理課の要ともいえるデータなのに。
1からデータを作り直して、決算に間に合う? いや、間に合わない。
「主任? どうかしましたか?」
谷くんが心配そうにこちらを見ている。
「あ、…うん。ううん、大丈夫」
自分の心臓の音が頭の奥で鳴り響く。
どうしよう。
「じゃあ、お先でーす。…藤倉くん、一緒に帰れるか見てこよ~」
定時になり、清水さんと課長がそそくさと席を立つ。
どうしよう、どうしよう。
焦るあまり、頭は意味のない言葉だけがぐるぐる回る。
「戻りました」
研修を終えた柚くんが戻ってきた。
「何かやることありますか」
「あ、…特には。ですよね、主任?」
話を振られてぎくりとしながら、
「うんうん。2人とももう帰って大丈夫だよ。お疲れさまでした」
何事もなかったかのように手を振って、若手2人を帰宅させた。
辞めるしかない。
ヘルプデスクにパソコンは修理してもらうとして。
データは作り直しても決算には間に合わない。
心からお詫びして、そして。
辞めるしかない。
自分の管理能力の甘さを呪った。
泣いてる場合じゃないけど、泣きたい気分だった。
「ちょっと、見せて」
近くで声がして、振り返ると、いつの間にか戻ってきた柚くんが、私の後ろからパソコンの画面をのぞき込んでいた。
「バグったの?」
柚くんが触れそうな距離で、後ろからマウスを操作する。
「…あ、…はい」
しどろもどろになりながら頷くと、柚くんは真剣な表情で画面に見入り、キーボードをたたき始めた。
「…ウイルスが、データを攻撃したのかも」
ぽつりとつぶやきながら、柚くんはケーブルを抜いたりソフトを入れたり何やらいろいろと操作を続けた。
邪魔にならないように、そっと横にずれた。
柚くん、戻ってきてくれた。
暗闇で1人取り残されていた私のもとに一筋の光が差した。
私が困ってるって、なんで分かったんだろう…
画面の光が柚くんの横顔を映し出す。
長いまつ毛が瞳を彩り、桜色の唇が時々かすかに動く。
綺麗な指先がキーボードとマウスを操り、
身動きすると柔らかく髪が揺れる。
柚くんの横顔を、綺麗な指先を、眺めていた日々がよみがえる。
誰にも知られないように、何度も目に焼き付けた。
どうしようもないくらい、強く心に焼き付いた。
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