25 / 95
second.24
しおりを挟む
足元から震えが立ち昇ってくる。
目の前で起こったことが信じられなくて、何度も画面を見直す。
無意味にクリックし続け、復元を試みるけれど、何の効果もない。
あれがないと。
決算書を作れない。
あれは、毎月コツコツと確認して作り上げた、経理課の要ともいえるデータなのに。
1からデータを作り直して、決算に間に合う? いや、間に合わない。
「主任? どうかしましたか?」
谷くんが心配そうにこちらを見ている。
「あ、…うん。ううん、大丈夫」
自分の心臓の音が頭の奥で鳴り響く。
どうしよう。
「じゃあ、お先でーす。…藤倉くん、一緒に帰れるか見てこよ~」
定時になり、清水さんと課長がそそくさと席を立つ。
どうしよう、どうしよう。
焦るあまり、頭は意味のない言葉だけがぐるぐる回る。
「戻りました」
研修を終えた柚くんが戻ってきた。
「何かやることありますか」
「あ、…特には。ですよね、主任?」
話を振られてぎくりとしながら、
「うんうん。2人とももう帰って大丈夫だよ。お疲れさまでした」
何事もなかったかのように手を振って、若手2人を帰宅させた。
辞めるしかない。
ヘルプデスクにパソコンは修理してもらうとして。
データは作り直しても決算には間に合わない。
心からお詫びして、そして。
辞めるしかない。
自分の管理能力の甘さを呪った。
泣いてる場合じゃないけど、泣きたい気分だった。
「ちょっと、見せて」
近くで声がして、振り返ると、いつの間にか戻ってきた柚くんが、私の後ろからパソコンの画面をのぞき込んでいた。
「バグったの?」
柚くんが触れそうな距離で、後ろからマウスを操作する。
「…あ、…はい」
しどろもどろになりながら頷くと、柚くんは真剣な表情で画面に見入り、キーボードをたたき始めた。
「…ウイルスが、データを攻撃したのかも」
ぽつりとつぶやきながら、柚くんはケーブルを抜いたりソフトを入れたり何やらいろいろと操作を続けた。
邪魔にならないように、そっと横にずれた。
柚くん、戻ってきてくれた。
暗闇で1人取り残されていた私のもとに一筋の光が差した。
私が困ってるって、なんで分かったんだろう…
画面の光が柚くんの横顔を映し出す。
長いまつ毛が瞳を彩り、桜色の唇が時々かすかに動く。
綺麗な指先がキーボードとマウスを操り、
身動きすると柔らかく髪が揺れる。
柚くんの横顔を、綺麗な指先を、眺めていた日々がよみがえる。
誰にも知られないように、何度も目に焼き付けた。
どうしようもないくらい、強く心に焼き付いた。
目の前で起こったことが信じられなくて、何度も画面を見直す。
無意味にクリックし続け、復元を試みるけれど、何の効果もない。
あれがないと。
決算書を作れない。
あれは、毎月コツコツと確認して作り上げた、経理課の要ともいえるデータなのに。
1からデータを作り直して、決算に間に合う? いや、間に合わない。
「主任? どうかしましたか?」
谷くんが心配そうにこちらを見ている。
「あ、…うん。ううん、大丈夫」
自分の心臓の音が頭の奥で鳴り響く。
どうしよう。
「じゃあ、お先でーす。…藤倉くん、一緒に帰れるか見てこよ~」
定時になり、清水さんと課長がそそくさと席を立つ。
どうしよう、どうしよう。
焦るあまり、頭は意味のない言葉だけがぐるぐる回る。
「戻りました」
研修を終えた柚くんが戻ってきた。
「何かやることありますか」
「あ、…特には。ですよね、主任?」
話を振られてぎくりとしながら、
「うんうん。2人とももう帰って大丈夫だよ。お疲れさまでした」
何事もなかったかのように手を振って、若手2人を帰宅させた。
辞めるしかない。
ヘルプデスクにパソコンは修理してもらうとして。
データは作り直しても決算には間に合わない。
心からお詫びして、そして。
辞めるしかない。
自分の管理能力の甘さを呪った。
泣いてる場合じゃないけど、泣きたい気分だった。
「ちょっと、見せて」
近くで声がして、振り返ると、いつの間にか戻ってきた柚くんが、私の後ろからパソコンの画面をのぞき込んでいた。
「バグったの?」
柚くんが触れそうな距離で、後ろからマウスを操作する。
「…あ、…はい」
しどろもどろになりながら頷くと、柚くんは真剣な表情で画面に見入り、キーボードをたたき始めた。
「…ウイルスが、データを攻撃したのかも」
ぽつりとつぶやきながら、柚くんはケーブルを抜いたりソフトを入れたり何やらいろいろと操作を続けた。
邪魔にならないように、そっと横にずれた。
柚くん、戻ってきてくれた。
暗闇で1人取り残されていた私のもとに一筋の光が差した。
私が困ってるって、なんで分かったんだろう…
画面の光が柚くんの横顔を映し出す。
長いまつ毛が瞳を彩り、桜色の唇が時々かすかに動く。
綺麗な指先がキーボードとマウスを操り、
身動きすると柔らかく髪が揺れる。
柚くんの横顔を、綺麗な指先を、眺めていた日々がよみがえる。
誰にも知られないように、何度も目に焼き付けた。
どうしようもないくらい、強く心に焼き付いた。
2
お気に入りに追加
317
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる