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藤倉紘弥。
来月入社する新入社員の通勤経路申請書類を握りしめる。
フジクラ。
苗字が違う。
でも。
やや右上がりの長細い字体。
『テストに出るよ。覚えよう!』
『…やだ』
ルーズリーフで会話した、柚くんの癖のある字。変わらない字体が、申請書類に並んでいた。
「…あー、橘。さっきの会議のことは、そんなに気にしなくてもいいぞ」
「課長。主任、どうかしたんですか」
「いや、まあ。何というか。…数学が1つもあってなかった」
「マジすか」
柚くんの字。
その上にマルを付け、バツを付け、イラスト入りのメッセージを書いた。
私の絵の隣に、柚くんがイタズラ書きをする。
『これ、猫じゃなくて、もはやブタじゃね?』
柚くんの笑い声が、耳をくすぐる。
柚くんの字。
変わってない。
柚くん、入社するんだ。
今日は新入社員に事前ガイダンスを行ったようだ。
来月から、毎日柚くんがこの会社に来る。
このビルのどこかに、柚くんがいる。
「…橘? 本当に気にしなくても、…」
…死ぬ。
書類もろとも机に倒れ込み、頭を叩きつけた。
「た、橘!?」
今すぐ辞表を出すべきだろうか。
いや、せめてスーツは弁償すべきだろう。
柚くん。
大人になって、スーツが似合ってた。
長い脚。無駄のない動き。
耳に残る掠れ声。頬をかすめた指先。
あの柚くんに、スーツを持って会いに行く?
「橘? 大丈夫か?」
再び頭を叩きつけた。
無理。想像だけで死ぬ。
「課長、大丈夫です。これはいわゆる恋の病ってやつですよ」
「え、…そういうこと?」
「見守りましょう。待てば海路の日和あり、です」
苗字が変わってる、ってことは。
ふとした疑問が頭をよぎる。
例えば結婚してる、とか。
「…清水さんて、気遣い出来たんですね」
「黙れよ、谷」
あのまなざしも優しい腕も他の誰かのためのものだと思うと、
胸の奥が、チクリと痛んだ。
来月入社する新入社員の通勤経路申請書類を握りしめる。
フジクラ。
苗字が違う。
でも。
やや右上がりの長細い字体。
『テストに出るよ。覚えよう!』
『…やだ』
ルーズリーフで会話した、柚くんの癖のある字。変わらない字体が、申請書類に並んでいた。
「…あー、橘。さっきの会議のことは、そんなに気にしなくてもいいぞ」
「課長。主任、どうかしたんですか」
「いや、まあ。何というか。…数学が1つもあってなかった」
「マジすか」
柚くんの字。
その上にマルを付け、バツを付け、イラスト入りのメッセージを書いた。
私の絵の隣に、柚くんがイタズラ書きをする。
『これ、猫じゃなくて、もはやブタじゃね?』
柚くんの笑い声が、耳をくすぐる。
柚くんの字。
変わってない。
柚くん、入社するんだ。
今日は新入社員に事前ガイダンスを行ったようだ。
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このビルのどこかに、柚くんがいる。
「…橘? 本当に気にしなくても、…」
…死ぬ。
書類もろとも机に倒れ込み、頭を叩きつけた。
「た、橘!?」
今すぐ辞表を出すべきだろうか。
いや、せめてスーツは弁償すべきだろう。
柚くん。
大人になって、スーツが似合ってた。
長い脚。無駄のない動き。
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「橘? 大丈夫か?」
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胸の奥が、チクリと痛んだ。
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