7 / 95
second.6
しおりを挟む
『いいじゃん。…俺、お前の絵、好き』
柚くん。
『本当は、絵本作家になれたらな、って』
誰にも言ったことがない、私の密かな夢を。
彼は笑わなかった。
柚木紘弥。
彼を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
少し掠れた甘い声。
長いまつ毛。澄んだ瞳。柔らかい髪。
ペンを持つ綺麗な指先。
『…あおい』
あの指が、宝物のように優しく私に触れた。
って、ああああああ!
ダメだ、息が苦しい。
ギブギブ!
「…あおちゃん? 何してるの?」
気が付けばエレベータは最上階に着いていて、
周りにいた社員たちはとっくにそれぞれの持ち場に向かっていた。
停まったままのエレベータの中で悶えている私を
書類を持った結子さんが怪訝な顔で見ている。
「あ、結子さん。おはようございます」
「あおちゃん、…なんか、疲れが出てるよ?」
結子さんは遠慮がちに私の全身を眺め、
「…って、あーっ!」
何かに気付くと大声を上げかけ、自分で自分の口を押さえた。
「オッケー、あおちゃん。私の着替えとメイク道具貸してあげるから、更衣室行こっ。詳細はお昼休みに聞きに行くからね!」
私の背中をぐいぐい押すと、有無を言わさず秘書課の更衣室に連れ込んだ。
『いいご身分だね』
あの声が、柚くんのはずがない。
7年前、罪を犯して逃げ出したのは私。
柚くんが、こんなところにいるはずがない。
今朝目覚める直前に彼の夢を見たから、
…脳が勘違いしちゃったんだ。
「主任~、もぉ~、水臭いですよ! 桐生チーフと付き合ってるなら付き合ってるって言ってくれなくちゃあ」
清水さんが私の背中をばっしばっし叩きながら、フロアに声を響き渡らせる。
「付き合ってません!」
思わず立ち上がり、声を荒げた。
何言いだすんだ、この後輩は。
おかげで、一瞬にしてフロアが静まり返り、あまたの視線を独占しているのを感じる。
「…付き合ってません」
噛んで含めるように繰り返し、じっくり周囲を見回すと、さっと視線を逸らされ、急にフロアが動き出した。
「主任ったらぁ、照れることないですよ~。あたし、ばっちり見ちゃいましたよ。今朝、カッコいい~高級車で乗り付けてたの。運転席のイケメン、庶務の山中さんに聞いたら、桐生チーフで間違いないって。もぉ、あたし、朝からテンション上がっちゃって上がっちゃって」
清水さん、小声でささやいているつもりのようだが、声量が全然抑えられていない。
「主任、見積書、自分引き継ぎましょうか」
見かねた谷くんが割り込んでくれた。
「あー、見積書ね。あーもう、ホント谷ってつまんないオトコね」
清水さんがぶつぶつ言いながら引き下がり、
「ありがとう、谷くん。今から課長に提出してくるね」
私はようやく仕事に取り掛かった。
柚くん。
『本当は、絵本作家になれたらな、って』
誰にも言ったことがない、私の密かな夢を。
彼は笑わなかった。
柚木紘弥。
彼を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
少し掠れた甘い声。
長いまつ毛。澄んだ瞳。柔らかい髪。
ペンを持つ綺麗な指先。
『…あおい』
あの指が、宝物のように優しく私に触れた。
って、ああああああ!
ダメだ、息が苦しい。
ギブギブ!
「…あおちゃん? 何してるの?」
気が付けばエレベータは最上階に着いていて、
周りにいた社員たちはとっくにそれぞれの持ち場に向かっていた。
停まったままのエレベータの中で悶えている私を
書類を持った結子さんが怪訝な顔で見ている。
「あ、結子さん。おはようございます」
「あおちゃん、…なんか、疲れが出てるよ?」
結子さんは遠慮がちに私の全身を眺め、
「…って、あーっ!」
何かに気付くと大声を上げかけ、自分で自分の口を押さえた。
「オッケー、あおちゃん。私の着替えとメイク道具貸してあげるから、更衣室行こっ。詳細はお昼休みに聞きに行くからね!」
私の背中をぐいぐい押すと、有無を言わさず秘書課の更衣室に連れ込んだ。
『いいご身分だね』
あの声が、柚くんのはずがない。
7年前、罪を犯して逃げ出したのは私。
柚くんが、こんなところにいるはずがない。
今朝目覚める直前に彼の夢を見たから、
…脳が勘違いしちゃったんだ。
「主任~、もぉ~、水臭いですよ! 桐生チーフと付き合ってるなら付き合ってるって言ってくれなくちゃあ」
清水さんが私の背中をばっしばっし叩きながら、フロアに声を響き渡らせる。
「付き合ってません!」
思わず立ち上がり、声を荒げた。
何言いだすんだ、この後輩は。
おかげで、一瞬にしてフロアが静まり返り、あまたの視線を独占しているのを感じる。
「…付き合ってません」
噛んで含めるように繰り返し、じっくり周囲を見回すと、さっと視線を逸らされ、急にフロアが動き出した。
「主任ったらぁ、照れることないですよ~。あたし、ばっちり見ちゃいましたよ。今朝、カッコいい~高級車で乗り付けてたの。運転席のイケメン、庶務の山中さんに聞いたら、桐生チーフで間違いないって。もぉ、あたし、朝からテンション上がっちゃって上がっちゃって」
清水さん、小声でささやいているつもりのようだが、声量が全然抑えられていない。
「主任、見積書、自分引き継ぎましょうか」
見かねた谷くんが割り込んでくれた。
「あー、見積書ね。あーもう、ホント谷ってつまんないオトコね」
清水さんがぶつぶつ言いながら引き下がり、
「ありがとう、谷くん。今から課長に提出してくるね」
私はようやく仕事に取り掛かった。
1
お気に入りに追加
318
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる