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『いいじゃん。…俺、お前の絵、好き』

柚くん。

『本当は、絵本作家になれたらな、って』
誰にも言ったことがない、私の密かな夢を。
彼は笑わなかった。

柚木紘弥。

彼を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
少し掠れた甘い声。
長いまつ毛。澄んだ瞳。柔らかい髪。

ペンを持つ綺麗な指先。

『…あおい』

あの指が、宝物のように優しく私に触れた。

って、ああああああ!
ダメだ、息が苦しい。
ギブギブ!

「…あおちゃん? 何してるの?」

気が付けばエレベータは最上階に着いていて、
周りにいた社員たちはとっくにそれぞれの持ち場に向かっていた。
停まったままのエレベータの中で悶えている私を
書類を持った結子さんが怪訝な顔で見ている。

「あ、結子さん。おはようございます」

「あおちゃん、…なんか、疲れが出てるよ?」

結子さんは遠慮がちに私の全身を眺め、

「…って、あーっ!」

何かに気付くと大声を上げかけ、自分で自分の口を押さえた。

「オッケー、あおちゃん。私の着替えとメイク道具貸してあげるから、更衣室行こっ。詳細はお昼休みに聞きに行くからね!」

私の背中をぐいぐい押すと、有無を言わさず秘書課の更衣室に連れ込んだ。

『いいご身分だね』

あの声が、柚くんのはずがない。
7年前、罪を犯して逃げ出したのは私。

柚くんが、こんなところにいるはずがない。
今朝目覚める直前に彼の夢を見たから、
…脳が勘違いしちゃったんだ。

「主任~、もぉ~、水臭いですよ! 桐生チーフと付き合ってるなら付き合ってるって言ってくれなくちゃあ」

清水さんが私の背中をばっしばっし叩きながら、フロアに声を響き渡らせる。

「付き合ってません!」

思わず立ち上がり、声を荒げた。

何言いだすんだ、この後輩は。

おかげで、一瞬にしてフロアが静まり返り、あまたの視線を独占しているのを感じる。

「…付き合ってません」

噛んで含めるように繰り返し、じっくり周囲を見回すと、さっと視線を逸らされ、急にフロアが動き出した。

「主任ったらぁ、照れることないですよ~。あたし、ばっちり見ちゃいましたよ。今朝、カッコいい~高級車で乗り付けてたの。運転席のイケメン、庶務の山中さんに聞いたら、桐生チーフで間違いないって。もぉ、あたし、朝からテンション上がっちゃって上がっちゃって」

清水さん、小声でささやいているつもりのようだが、声量が全然抑えられていない。

「主任、見積書、自分引き継ぎましょうか」

見かねた谷くんが割り込んでくれた。

「あー、見積書ね。あーもう、ホント谷ってつまんないオトコね」

清水さんがぶつぶつ言いながら引き下がり、

「ありがとう、谷くん。今から課長に提出してくるね」

私はようやく仕事に取り掛かった。
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