31 / 41
5章.さんかく片想い
03.
しおりを挟む
「挨拶に行くか。忙しそうなら、改めるってことで」
ライブは凄まじい熱量の余韻を残して幕を閉じた。誘導されるまま観客席から外に出たけれど、どうにも帰り難い。通路には同じように少しでも余韻に浸っていたい人たちが溜まっていた。撤収作業が始まろうとする中、どうしてもその場を離れられずにいる私を見て、創くんが、楽屋に行ってみる? って背中を押してくれた。
「うんっ」
感動を直接伝えたい。一言だけでいいから。顔を見て、素敵なステージをありがとうって言いたい。
ライブの熱に浮かされたまま、会場警備の人にチケットと身分証を見せて、ステージ裏に入れてもらった。
広い会場の迷路のような舞台裏を進む。迷惑にならないように様子を伺いながら静かに歩く。
いくつも控え室が並ぶ中、やっと『Galaxies メンバー様』の文字を見つけて、ドアの前で呼吸を整えた。ノックしようとしたら、少しだけドアが開いていた。
「…すみませーん」
ノックして、断りを入れたけれど返事がない。誰もいないのかもしれない。どうしたものかと思っていると、中から女性の声が聞こえた。
「…すみません、失礼します」
誰かいるらしいので再度ノックしてから、一歩だけ足を踏み入れて奥の様子を伺い、
心の底から後悔した。
「…つぼみっ‼︎」
踵を返して反射的に逃げ出す。脱兎のごとく全力で引き返す。心臓がバクバク鳴って、視覚が切り取った映像が頭の中をぐるぐる回る。
「…すみません‼︎」
前をよく見ていなくて、曲がり角で誰かにぶつかってしまい、慌てて謝った。深く頭を下げてからまた狂ったように走り出す。
早く。早く離れなきゃ。遠く。遠くへ。
「…つーちゃん?」
サクくんの声が聞こえたような気がしたけれど、止まれなかった。
部屋、勝手に入ったらダメだよね。ダメだよ。悪いよ。悪いから、バチが当たったんだよ。
「つぼみ、…っっ‼︎」
会場を出て、ドーム周りに設えられた通路と階段を駆け下り、道路に飛び出したところで、後ろから創くんに抱きとめられた。
「そんな闇雲に走ったら、危な、…」
私を見て、創くんが言葉を切った。よっぽど酷い顔をしているんだろう。空気が吸えなくて息が苦しくて頭がガンガンした。
「つーは逃げ足速いよな」
創くんが私を抱きとめたまま、背中を優しく撫でてくれた。
キス。してた。
ひゅうひゅう乾いた笛のような音が聞こえると思ったら、自分の息の音だった。暗い地面にほとんどわからないように涙が落ちる。
「…スキンシップじゃないか? ライブ後は特別な高揚感があるんだろうし。まあ、…ななせだし」
創くんの声が優しくて、喘ぎながら次々涙が落ちていった。
広い楽屋に設置された全身鏡に、オリビアちゃんがななせの膝に乗ってキスしてるのが映っていた。ステージに立つ選ばれた2人の絵になるショットが頭に焼き付いて離れない。
「…帰ろうか」
醜い私の泣き顔を隠すように肩を抱いて、創くんが空車のタクシーを停めてくれた。頬に冷たさを感じて見上げると、すっかり暗くなった空は黒い雲に覆われ、あんなに快晴だったのに、ポツリポツリと冷たい雨が降り始めていた。
オリビアちゃん、なのかな。
ななせの好きな人。ななせの特別な人。
だからあの曲は、オリビアちゃんじゃなくて、ななせが歌ったのかな。
『ナナは気が付くと女の子と消えてて。典型的な来るもの拒まず、去る者追わず。それでいつもリヴィがキーキー怒ってる』
『リヴィがナナのこと好きすぎて』
『ナナの音楽がね!』
オリビアちゃんは、ななせの音楽を最高の形で届けられるパートナー。天性の歌声を持っていて、ななせに必要とされる人。
心を突き刺す高音。溢れ出す躍動感。エネルギッシュなパフォーマンス。キュートな見た目。選ばれた存在。
本当は、泣く権利もショックを受ける権利もないって分かってる。
ななせのために出来るのは、喜ぶこと。応援することだって。
だけど。胸が軋んで、押し潰されて、どうしようもなく苦しい。
「あ、…」
タクシーに乗り込んだ創くんが何かに気づいたように窓の外に目を向けた。つられて振り返ったけれど、動き出したタクシーの向こう曇った窓からは何も見つけられなかった。
「やっぱりあれ、…お前なんじゃないか」
創くんが何かつぶやいて、私の頭をまた撫でてくれた。
タクシーが創くんのマンションに着いた時には、雨は本降りになっていた。
「走れっ」
創くんが上着の中に私を入れてくれて、道路からエントランスまで走る。
「ココアが恋しい季節になってきたよな」
創くんが雨に濡れて光る前髪の奥で優しく目を細めた。
湿った雨の匂いと一緒に創くんの部屋の前まで上がると、
「叶音、…?」
「…ごめんなさい。逃げて来ちゃった」
薄いワンピース姿で頭からびしょ濡れになった叶音ちゃんが、細い肩を抱きながら涙で濡れた顔を泣き笑いに歪ませて、創くんを待っていた。
ライブは凄まじい熱量の余韻を残して幕を閉じた。誘導されるまま観客席から外に出たけれど、どうにも帰り難い。通路には同じように少しでも余韻に浸っていたい人たちが溜まっていた。撤収作業が始まろうとする中、どうしてもその場を離れられずにいる私を見て、創くんが、楽屋に行ってみる? って背中を押してくれた。
「うんっ」
感動を直接伝えたい。一言だけでいいから。顔を見て、素敵なステージをありがとうって言いたい。
ライブの熱に浮かされたまま、会場警備の人にチケットと身分証を見せて、ステージ裏に入れてもらった。
広い会場の迷路のような舞台裏を進む。迷惑にならないように様子を伺いながら静かに歩く。
いくつも控え室が並ぶ中、やっと『Galaxies メンバー様』の文字を見つけて、ドアの前で呼吸を整えた。ノックしようとしたら、少しだけドアが開いていた。
「…すみませーん」
ノックして、断りを入れたけれど返事がない。誰もいないのかもしれない。どうしたものかと思っていると、中から女性の声が聞こえた。
「…すみません、失礼します」
誰かいるらしいので再度ノックしてから、一歩だけ足を踏み入れて奥の様子を伺い、
心の底から後悔した。
「…つぼみっ‼︎」
踵を返して反射的に逃げ出す。脱兎のごとく全力で引き返す。心臓がバクバク鳴って、視覚が切り取った映像が頭の中をぐるぐる回る。
「…すみません‼︎」
前をよく見ていなくて、曲がり角で誰かにぶつかってしまい、慌てて謝った。深く頭を下げてからまた狂ったように走り出す。
早く。早く離れなきゃ。遠く。遠くへ。
「…つーちゃん?」
サクくんの声が聞こえたような気がしたけれど、止まれなかった。
部屋、勝手に入ったらダメだよね。ダメだよ。悪いよ。悪いから、バチが当たったんだよ。
「つぼみ、…っっ‼︎」
会場を出て、ドーム周りに設えられた通路と階段を駆け下り、道路に飛び出したところで、後ろから創くんに抱きとめられた。
「そんな闇雲に走ったら、危な、…」
私を見て、創くんが言葉を切った。よっぽど酷い顔をしているんだろう。空気が吸えなくて息が苦しくて頭がガンガンした。
「つーは逃げ足速いよな」
創くんが私を抱きとめたまま、背中を優しく撫でてくれた。
キス。してた。
ひゅうひゅう乾いた笛のような音が聞こえると思ったら、自分の息の音だった。暗い地面にほとんどわからないように涙が落ちる。
「…スキンシップじゃないか? ライブ後は特別な高揚感があるんだろうし。まあ、…ななせだし」
創くんの声が優しくて、喘ぎながら次々涙が落ちていった。
広い楽屋に設置された全身鏡に、オリビアちゃんがななせの膝に乗ってキスしてるのが映っていた。ステージに立つ選ばれた2人の絵になるショットが頭に焼き付いて離れない。
「…帰ろうか」
醜い私の泣き顔を隠すように肩を抱いて、創くんが空車のタクシーを停めてくれた。頬に冷たさを感じて見上げると、すっかり暗くなった空は黒い雲に覆われ、あんなに快晴だったのに、ポツリポツリと冷たい雨が降り始めていた。
オリビアちゃん、なのかな。
ななせの好きな人。ななせの特別な人。
だからあの曲は、オリビアちゃんじゃなくて、ななせが歌ったのかな。
『ナナは気が付くと女の子と消えてて。典型的な来るもの拒まず、去る者追わず。それでいつもリヴィがキーキー怒ってる』
『リヴィがナナのこと好きすぎて』
『ナナの音楽がね!』
オリビアちゃんは、ななせの音楽を最高の形で届けられるパートナー。天性の歌声を持っていて、ななせに必要とされる人。
心を突き刺す高音。溢れ出す躍動感。エネルギッシュなパフォーマンス。キュートな見た目。選ばれた存在。
本当は、泣く権利もショックを受ける権利もないって分かってる。
ななせのために出来るのは、喜ぶこと。応援することだって。
だけど。胸が軋んで、押し潰されて、どうしようもなく苦しい。
「あ、…」
タクシーに乗り込んだ創くんが何かに気づいたように窓の外に目を向けた。つられて振り返ったけれど、動き出したタクシーの向こう曇った窓からは何も見つけられなかった。
「やっぱりあれ、…お前なんじゃないか」
創くんが何かつぶやいて、私の頭をまた撫でてくれた。
タクシーが創くんのマンションに着いた時には、雨は本降りになっていた。
「走れっ」
創くんが上着の中に私を入れてくれて、道路からエントランスまで走る。
「ココアが恋しい季節になってきたよな」
創くんが雨に濡れて光る前髪の奥で優しく目を細めた。
湿った雨の匂いと一緒に創くんの部屋の前まで上がると、
「叶音、…?」
「…ごめんなさい。逃げて来ちゃった」
薄いワンピース姿で頭からびしょ濡れになった叶音ちゃんが、細い肩を抱きながら涙で濡れた顔を泣き笑いに歪ませて、創くんを待っていた。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる