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Ⅲ.あかり

19.

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2学期が始まってから、有輝と待ち合わせて一緒に登校するようになった。

まだまだ夏の名残が強い9月の空の下、制服姿の有輝と並んで歩くのは、気恥ずかしいけれど、嬉しくもある。

同じ学校の生徒たちから注目を浴びているのもわかる。
隣にいる有輝の手に触れたいけれど、勇気が出ない。

「有輝くん、顔の傷、大丈夫なの?」

クラスメイトらしい女子が声をかけてくると、

「…まぁ」

有輝はあたりさわりなくうなずいた。

有輝はまだ、頬に大きなカットバンを貼っている。
抜糸した後もこまめに病院に通っているけれど、傷跡はまだ痛々しく残っているらしい。

「でも、有輝くんがまた登校してくれて良かった」

女の子が明るい笑顔を見せてから、先に走って行った。

「俺も」

有輝が噛みしめるようにつぶやいて私を見る。

「またあかりと学校に通えるとは、思ってなかったから」

口の端をもたげて緩く笑うと

「良かった」

私の手を取った。

有輝の手が触れた瞬間、またつながりが生まれたのを感じた。

誰にも内緒で恐る恐る有輝の小指に触れていた時を思い出し、なんだか胸がいっぱいになる。

私の手を気に入ってくれた有輝が好き。
有輝の大きな手は安心と優しさをくれる。

つないだ手にそっと力を込めると、有輝は一瞬だけ私を見てからわずかに目をそらし、優しく握り返してくれた。

学校では文化祭の準備が始まり、クラスの出し物以外にもステージ発表者を募っている。

「参加者募集…」

廊下の掲示板に貼られた募集チラシを見ながら、思うのは。

有輝の声…

「どうした?」

ぼんやりしていたらしく、急に後ろから声をかけられて驚いた。

声と空気で分かる。

「有輝」

振り向くと、有輝が私の後ろからチラシをのぞき込んでいる。

「ステージ出演者募集? 踊り、歌、演奏、などどんなパフォーマンスでも。…出たいの?」

有輝が私の顔を見る。
勝手に、有輝の声を思い描いていたことを見透かされそうで、少し気まずいけれど。

「有輝の声、…みんなにも聴かせてあげられたら、って」

思い切って、伝えてみた。

「俺?」

有輝は想像もしていなかったようだけれど、少し考えてから、

「まぁ」

私を見て、軽く口の端をもたげる。

「あかりと一緒ならいいよ」

思わず。

向きを変えて有輝に抱きついてしまった。

「うんっ、私、有輝と一緒に弾くの、大好き!」

有輝がピクリとも動かないのを感じて我に返った。

「あ、ごめんなさ、…」

急いで離れようとしたら、有輝が私に腕を回して抱きしめてくれた。

「…俺も」

有輝がその深く柔らかく沁み渡る声で伝えてくれるから、私の心臓は音を立てて舞い上がる。

校内で有輝に抱きしめてもらったら、女の子たちに妬まれるかもしれないけど、…でも。それでも。

有輝が許してくれるなら、この腕の中にいたい。



有輝がステージに立つという話は、瞬く間に学校中に広まった。
有輝が学校でどれだけ注目されているか、よくわかる。

「諏訪さんね…」
「自意識過剰だよね」
「目障り」

私が有輝と協演するという話も同じように広まって、聞こえよがしに悪意のある声を投げられた。

それは、聞こえないふりをした。

有輝の声は奇跡だから。
誰かを救う声だから。

音楽の先生にお願いして、ピアノとアコーディオンを借りて練習した。

誰に何と言われても、有輝と奏でるこの音は、守っていきたい。
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