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Ⅲ.あかり

11.

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鳴瀬が入院して間もなく、学校は夏休みに入った。

鳴瀬は本当は、夏休み中に休んでいた分の補習登校をする予定だったみたいだけど、怪我で登校が難しいので、私が課題を持って学校と病院を往復している。
鳴瀬の怪我について聞かれた時に、鳴瀬のクラスの担任教諭に無理やり頼み込んだ。

病室で、鳴瀬はほとんど、何も話をしない。

顔中に包帯を巻かれたまま、わずかにのぞく片目で、悲しそうに私を見る。

『俺のがデカいけど』
と言ってくれた鳴瀬の手に触れると、少しの間だけ、小指を絡ませてくれる。

頼まれてもいないのに毎日押しかける私のことを、迷惑だと思っているかもしれないけれど、私が渡す課題は、翌日には全て終わっている。

そして。
真夜中1:43には、鳴瀬からのコールで携帯が振動する。

「―――…俺」
「―――…うん」

「…ごめん」

鳴瀬は個室に居るから、通話はできるみたいだけれど、いつもそれだけ告げると、切れてしまう。

「ごめん」の意味を聞くのが怖い。
鳴瀬がいなくなりそうで怖い。

携帯電話を抱きしめて眠るのは、もう習慣になっている。


「…あかり」

今日も、鳴瀬の課題の受け渡しに学校へ行き、渡り廊下を歩いていると、部活の休憩中らしい聖人に呼び止められた。

「聞いたよ、鳴瀬のこと。大変だったな」

聖人の精悍な顔から汗が流れ落ちて、首にかけたタオルに吸い込まれていく。

「毎日、病院に通ってるんだって?」
「…うん」

セミの鳴き声がする。
今年の夏も厳しい暑さが続いている。

「…取り消すよ」

言葉の意味が分からなくて、聖人を見つめ返すと、聖人は優しく笑った。

「あかりに合わないって言ったこと。早く、…治るように祈ってる」

「ありがとう」

いつでも。どんな時でも。
私を優しく包んでくれた聖人。

「聖人…」

隣を歩いてはいけないけれど、私にとっては変わらずに大切な人。

「ありがとう」

他に言葉を思いつかなかった。
優しい聖人の顔を目に焼き付けた。

「…じゃあな」

聖人は行きかけて、立ち止まり、向きを変えて戻ってくると、

「…何があっても、あかりの味方だから」

一瞬だけ私を抱きしめて、もう振り返らずに、体育館へと戻って行った。

夏のぬるい風が頬をくすぐり、通り過ぎていく。
何かが終わる時にはさみしさを伴うけれど、何かがなくなるわけじゃない。

自分の中に大切に残って、積み重なって、明日の自分を作っていく。


鳴瀬の病室に近づくと、にぎやかな声が聞こえてきた。
ドアからそっとのぞくと、鳴瀬のクラスメイト達がお見舞いに来ていた。
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