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Ⅱ.有輝
14.
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政さんの家に、慎弥さんが昔使っていたという、古いギターがあり、頼んだら快く貸してくれた。
母親の影響でピアノは少しばかり弾けるが、ギターは兄貴が持っていたのを借りて遊んだ程度だ。
眠れない夜に、たいして弾けもしないギターを海辺で鳴らした。
世界中でたった一人みたいなこの場所では、何も取り繕わずに、自分を見つめることができた。
真夜中2時少し前は、絶え間なく後悔が襲ってくる。
ギターを鳴らしながら、海に向かって懺悔した。
澄川円香を、殺したのは俺だ。
あの時、もっと早く、気づくべきだった。
でもあの頃の俺は、日々をやり過ごすことに精いっぱいで、周りはおろか、目の前にいる人もまるで見えていなかった。
誘われれば、誰にでも応じたし、全てがどうでもよかった。
今なら。
円香が言っていたことがわかる気がする。
『好きな人だと、全然違う。
これって、幸せなことだったんだね。
もう、絶対に無理』
円香は中学の先輩だった。
妙に色気みたいなのがあって、誰とでも寝るって噂されていた。
だから円香が俺を誘ってきても、何の疑問も抱かなかった。
俺と同じ、気晴らしだと思っていた。
でもあれはSOSで、円香は俺なんかに助けを求めていたんだ。
俺は、興味もなく、足早に通り過ぎただけだったのに、円香はそれを大事に抱えて沈んでいった。
あの暗く濁った冷たいプールから、引き上げてやることも出来なかった。
どうせなら。
俺が沈めば良かったのに。
後悔に囚われると、身動きできない。
ギターを鳴らす指が震える。
握りしめて、もう感じることも許されないあかりの温もりを想った。
天使は、俺の懺悔を聴いてくれるだろうか。
その危険な考えは、一瞬にして俺を捕らえた。
慌てて頭を振る。
それでも。
一度芽生えた考えを、振り落とすことは出来なかった。
次の日、夜の海で、ずっと切っていたスマートフォンの電源を入れた。
時刻表示がAM1:43になる。
脳に焼き付いている番号を指でたどった。
でも、通話ボタンは押せなかった。
AM1:43。
それは澄川円香が逝った時間で、俺が死にたくなる時間だ。
『さみしい』
あの暗いプールの底で、俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺が逝くべきだった。
でもきっと、俺が死んだら、母親は俺を許さないだろう。
『有輝には有輝の、正義があるのよ。有輝は、優しい子だから』
母親は最後まで俺の味方をしてくれた。
『母さん。俺、絶対優勝するから。待ってて』
もう病状は末期で、それでも俺の大会を楽しみにしてくれていた。
母親の影響でピアノは少しばかり弾けるが、ギターは兄貴が持っていたのを借りて遊んだ程度だ。
眠れない夜に、たいして弾けもしないギターを海辺で鳴らした。
世界中でたった一人みたいなこの場所では、何も取り繕わずに、自分を見つめることができた。
真夜中2時少し前は、絶え間なく後悔が襲ってくる。
ギターを鳴らしながら、海に向かって懺悔した。
澄川円香を、殺したのは俺だ。
あの時、もっと早く、気づくべきだった。
でもあの頃の俺は、日々をやり過ごすことに精いっぱいで、周りはおろか、目の前にいる人もまるで見えていなかった。
誘われれば、誰にでも応じたし、全てがどうでもよかった。
今なら。
円香が言っていたことがわかる気がする。
『好きな人だと、全然違う。
これって、幸せなことだったんだね。
もう、絶対に無理』
円香は中学の先輩だった。
妙に色気みたいなのがあって、誰とでも寝るって噂されていた。
だから円香が俺を誘ってきても、何の疑問も抱かなかった。
俺と同じ、気晴らしだと思っていた。
でもあれはSOSで、円香は俺なんかに助けを求めていたんだ。
俺は、興味もなく、足早に通り過ぎただけだったのに、円香はそれを大事に抱えて沈んでいった。
あの暗く濁った冷たいプールから、引き上げてやることも出来なかった。
どうせなら。
俺が沈めば良かったのに。
後悔に囚われると、身動きできない。
ギターを鳴らす指が震える。
握りしめて、もう感じることも許されないあかりの温もりを想った。
天使は、俺の懺悔を聴いてくれるだろうか。
その危険な考えは、一瞬にして俺を捕らえた。
慌てて頭を振る。
それでも。
一度芽生えた考えを、振り落とすことは出来なかった。
次の日、夜の海で、ずっと切っていたスマートフォンの電源を入れた。
時刻表示がAM1:43になる。
脳に焼き付いている番号を指でたどった。
でも、通話ボタンは押せなかった。
AM1:43。
それは澄川円香が逝った時間で、俺が死にたくなる時間だ。
『さみしい』
あの暗いプールの底で、俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺が逝くべきだった。
でもきっと、俺が死んだら、母親は俺を許さないだろう。
『有輝には有輝の、正義があるのよ。有輝は、優しい子だから』
母親は最後まで俺の味方をしてくれた。
『母さん。俺、絶対優勝するから。待ってて』
もう病状は末期で、それでも俺の大会を楽しみにしてくれていた。
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