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Ⅰ.あかり
25.
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「あ…」
無意識だった。
滑り落ちるように、流れるように、口からこぼれてしまった。
考えるより先に、言葉が。
『会いたい…』
言ったとたん、しまったと思った。
「ちが…っ、違うのっ」
慌てて通話口に叫んでみても、とっくに電話は切れていた。
全身から血の気が引いた。
頭の中が真っ白になって、何をどうすればいいのかわからない。
ただ、わかるのは。
決定的な一言を告げてしまったということ。
鳴瀬は電話の相手を、澄川円香さんだと思っている。
円香さんが「会いたい」ということは。
円香さんに「会う」ということは。
高いビルの最上階から、暗い闇の向こうに落ちていく鳴瀬。
どんなに手を伸ばしても、もう、鳴瀬に届かない…
「いや…」
行ってしまう。
鳴瀬が行ってしまう。
「…かないで…」
スマホを持って部屋から出た。
現実味がなくて、足元がおぼつかない。
裸足のまま、外に飛び出した。
沈む町。眠る住宅街。切れかけた外灯。
濁った空気。星の見えない空。生ぬるい夏。
「…行かないで…」
鳴瀬がいない。
「行かないで、お願い…」
鳴瀬がいない。
探しても。探しても。何も見えない。
走っても。走っても。どこにも行けない。
叫んでも。叫んでも。誰にも届かない。
バスも電車もとっくに動いていない時間、
あてもなく、さまよう。
どこをどう走ったのか、わからなかった。
足を引きずるようにして、たどり着いたのは、昼間、鳴瀬のお父さんと会った、緩やかに流れる川だった。
「行かないで…」
橋の上から、流れる川をのぞき込む。
昼間とはうって変わって、真っ暗で飲み込まれそうな川。
「…鳴瀬」
あんなに陽の光を受けて輝いていた川が、別のものみたいに暗く黒く、全てを飲み込んで流し去ろうとしている。
時折聞こえる風の音。虫の声。
かすかに見える星明り。
じんわりとした蒸し暑さ。
まだ、世界は終わっていないのに。
「鳴瀬、…行かないで」
涙でぼやけて前が見えない。
「行かないで…っ、いやぁ…っ」
叫び声は暗い川の中に吸い込まれていく。
泣いても泣いても、何も変わらない。
私の世界は、誰もいないこの場所で、ひっそり終わろうとしていた。
空が白んでくる頃。
真輝さんに電話した。
「あかりちゃん!」
泣き疲れて声が枯れ、座り込んで動けない私を、真輝さんがそっと引き上げてくれた。
「…ごめんなさい。…ごめんなさい、鳴瀬が、…」
うわごとのように繰り返す私を、真輝さんが運んでくれた。
無意識だった。
滑り落ちるように、流れるように、口からこぼれてしまった。
考えるより先に、言葉が。
『会いたい…』
言ったとたん、しまったと思った。
「ちが…っ、違うのっ」
慌てて通話口に叫んでみても、とっくに電話は切れていた。
全身から血の気が引いた。
頭の中が真っ白になって、何をどうすればいいのかわからない。
ただ、わかるのは。
決定的な一言を告げてしまったということ。
鳴瀬は電話の相手を、澄川円香さんだと思っている。
円香さんが「会いたい」ということは。
円香さんに「会う」ということは。
高いビルの最上階から、暗い闇の向こうに落ちていく鳴瀬。
どんなに手を伸ばしても、もう、鳴瀬に届かない…
「いや…」
行ってしまう。
鳴瀬が行ってしまう。
「…かないで…」
スマホを持って部屋から出た。
現実味がなくて、足元がおぼつかない。
裸足のまま、外に飛び出した。
沈む町。眠る住宅街。切れかけた外灯。
濁った空気。星の見えない空。生ぬるい夏。
「…行かないで…」
鳴瀬がいない。
「行かないで、お願い…」
鳴瀬がいない。
探しても。探しても。何も見えない。
走っても。走っても。どこにも行けない。
叫んでも。叫んでも。誰にも届かない。
バスも電車もとっくに動いていない時間、
あてもなく、さまよう。
どこをどう走ったのか、わからなかった。
足を引きずるようにして、たどり着いたのは、昼間、鳴瀬のお父さんと会った、緩やかに流れる川だった。
「行かないで…」
橋の上から、流れる川をのぞき込む。
昼間とはうって変わって、真っ暗で飲み込まれそうな川。
「…鳴瀬」
あんなに陽の光を受けて輝いていた川が、別のものみたいに暗く黒く、全てを飲み込んで流し去ろうとしている。
時折聞こえる風の音。虫の声。
かすかに見える星明り。
じんわりとした蒸し暑さ。
まだ、世界は終わっていないのに。
「鳴瀬、…行かないで」
涙でぼやけて前が見えない。
「行かないで…っ、いやぁ…っ」
叫び声は暗い川の中に吸い込まれていく。
泣いても泣いても、何も変わらない。
私の世界は、誰もいないこの場所で、ひっそり終わろうとしていた。
空が白んでくる頃。
真輝さんに電話した。
「あかりちゃん!」
泣き疲れて声が枯れ、座り込んで動けない私を、真輝さんがそっと引き上げてくれた。
「…ごめんなさい。…ごめんなさい、鳴瀬が、…」
うわごとのように繰り返す私を、真輝さんが運んでくれた。
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