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Ⅰ.あかり
11.
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鳴瀬のピアノを弾いたら、ほんの少し、鳴瀬に近づいた気がした。
お父さんにお礼を言って、鳴瀬邸を出ると、後ろから足音が追いかけてきた。
振り向くと、
「ちょっと、話、いいかな?」
鳴瀬のお父さんによく似た、大学生くらいの、誠実そうな男の人がいた。
「有輝の兄の、鳴瀬真輝です」
背が高くて、スマートな物腰。鳴瀬とはちょっと違う印象。
真輝さんと、近くのカフェに入った。
「あかりちゃんは、有輝の彼女?」
ストレートなお兄さんに、首を横に振る。
「そう。でも、有輝が好きなんだ」
もはや断定調で語られたそれに、顔が赤くなったかもしれない。
「君みたいな子でも、有輝に惹かれるんだね」
見ると、真輝さんは、やるせない表情を浮かべ、
「俺ね、有輝が嫌いなの。このまま、帰ってこなければいいと思ってる」
ためらうことなく、言い捨てた。
言葉が出ない私に、
「みんな、有輝を心配してる」
真輝さんが短く息を吐く。
消すことのできないいらだちを吐き出すように。
「あんなやつ。いい加減で、何の努力もしないで、ひどいことばかり。
…なのに、みんなあいつに惹かれる。みんな、あいつのことばかりだ。
…それでも、あいつはいつも、一人ぼっちみたいな顔してる」
真輝さんが整った顔を冷たく歪めた。
「あかりちゃんは、俺に似てる。イイコの自分が嫌いでしょ? で、有輝みたいな奴のことがうらやましい。…違う?」
お兄さんの隙のない笑顔は、どこか寂しい。
返事が出来なかった。
あかりは、イイコね。
本当に助かるわ。
それに比べて、ミオリは心配で、心が休まる日がないわ。
みんなミオリを心配している。
みんなミオリのことが好き。
勉強もピアノも部活もクラス委員も必死でやった。
家の手伝いも頼まれごとも進んでやった。
ミオリが楽しく遊び歩いている間に。
だから。私は。
何もかも捨てたくなって、受験の日、知らない駅で降りた。
川に捨てて、流れていった受験票。
どこにも行けない私。
黙り込んでしまった私に、
「俺たち、気が合うと思うよ」
お兄さんは、優しく言った。
「有輝のこと、教えてあげるから、スマホ貸して」
言われるがまま、スマートフォンを渡してしまったのはなぜだろう。
「俺の番号も入れといたから。よろしくね、あかりちゃん」
真輝さんの笑顔の向こうに、鳴瀬が見える。
泣き止むまで、私を抱きしめてくれた鳴瀬。
どうしてか。
鳴瀬が泣いているような気がした…
お父さんにお礼を言って、鳴瀬邸を出ると、後ろから足音が追いかけてきた。
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「有輝の兄の、鳴瀬真輝です」
背が高くて、スマートな物腰。鳴瀬とはちょっと違う印象。
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「そう。でも、有輝が好きなんだ」
もはや断定調で語られたそれに、顔が赤くなったかもしれない。
「君みたいな子でも、有輝に惹かれるんだね」
見ると、真輝さんは、やるせない表情を浮かべ、
「俺ね、有輝が嫌いなの。このまま、帰ってこなければいいと思ってる」
ためらうことなく、言い捨てた。
言葉が出ない私に、
「みんな、有輝を心配してる」
真輝さんが短く息を吐く。
消すことのできないいらだちを吐き出すように。
「あんなやつ。いい加減で、何の努力もしないで、ひどいことばかり。
…なのに、みんなあいつに惹かれる。みんな、あいつのことばかりだ。
…それでも、あいつはいつも、一人ぼっちみたいな顔してる」
真輝さんが整った顔を冷たく歪めた。
「あかりちゃんは、俺に似てる。イイコの自分が嫌いでしょ? で、有輝みたいな奴のことがうらやましい。…違う?」
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返事が出来なかった。
あかりは、イイコね。
本当に助かるわ。
それに比べて、ミオリは心配で、心が休まる日がないわ。
みんなミオリを心配している。
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勉強もピアノも部活もクラス委員も必死でやった。
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ミオリが楽しく遊び歩いている間に。
だから。私は。
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真輝さんの笑顔の向こうに、鳴瀬が見える。
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どうしてか。
鳴瀬が泣いているような気がした…
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