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blue.58
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研究所の地下に降りるのは初めてだった。
どことなく空気がひんやりしている。
エレベータを降りると書庫はすぐ目の前にあって、透明な自動ドアをくぐるとさらに重々しい引き戸が続いていた。
「失礼しまーす…」
なんだか、黙って入ってはいけないような雰囲気がある。
引き戸を開けると中はぼんやりした非常灯の明かりだけで薄暗く、
書庫特有の湿ったインクのような匂いがした。
「和泉さん?」
照明のスイッチを探しながら声をかける。
背の高い書棚がいくつも並んだ広い書庫の中に、自分の声が頼りなく響くだけで返事がない。心細くなってやっぱり研究室で待っていようかなと思った時、にわかに人の気配を感じた。
「いず、…」
ホッとして振り向こうとしたら、後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれた。
作業用の軍手のようなざらざらした感触が口の中に広がる。
「大人しく言うことを聞いたら手荒なことはしない」
前方から大柄な人影が現れた。
服装は普通のスーツで、手袋をはめて帽子とサングラスとマスクをつけている。顔は分からないけれど、体格と口調から男性と思われた。
「彼氏のような目に遭いたくないだろう?」
恐怖に立ちすくんでいたのが、その一言で急激に怒りに変わった。
誰だかわからないけど、この人たちが、奏くんをあんな事故に遭わせた…!!
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
前方の男性が私に近づきながら、蔑むような口調で吐き捨てた。
「彼氏から預かったものを出せ」
私の目の前まで来ると、圧迫するように顔を近づけ、手袋をした手を鼻先に突き出した。
絶対に。
こんな奴らの思い通りにはさせない。
怒りが恐怖をかき消した。
『奏くんが命懸けで手に入れた証拠。絶対に守らないとな』
考えろ、のい。
どうすればいい?
とりあえず、壊れた機械みたいに何度も首を縦に振ると、
後ろから口を押さえていた手が緩んだ。
「わかりました。渡します。でも、ここにはありません」
…ホントはどこにもないけどな。
心の中で付け加える。
うん、大丈夫。落ち着いて。声が震えないように。
呼吸を整えて続けた。
「私に何かあったら、即、告発記事が世に出るようになってます」
緊張のあまり息が切れて、小さく息継ぎを繰り返した。
「でも、…今ならまだ止めることができます」
大丈夫か。おかしいこと言ってないよね。
心臓がバクバク鳴って、冷や汗が出てきた。
前後を囲む男性2人が、真偽を確かめるように私を見てくる。
「どうしてあのデータを探してるんですか」
大事なのは、生きて切り抜けること。
敵の正体を知ること。
『疑わしいのはそのゲーム会社だけど、何か大きな力が動いているような気がする』
この人たち、誰―――――っ!?
どことなく空気がひんやりしている。
エレベータを降りると書庫はすぐ目の前にあって、透明な自動ドアをくぐるとさらに重々しい引き戸が続いていた。
「失礼しまーす…」
なんだか、黙って入ってはいけないような雰囲気がある。
引き戸を開けると中はぼんやりした非常灯の明かりだけで薄暗く、
書庫特有の湿ったインクのような匂いがした。
「和泉さん?」
照明のスイッチを探しながら声をかける。
背の高い書棚がいくつも並んだ広い書庫の中に、自分の声が頼りなく響くだけで返事がない。心細くなってやっぱり研究室で待っていようかなと思った時、にわかに人の気配を感じた。
「いず、…」
ホッとして振り向こうとしたら、後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれた。
作業用の軍手のようなざらざらした感触が口の中に広がる。
「大人しく言うことを聞いたら手荒なことはしない」
前方から大柄な人影が現れた。
服装は普通のスーツで、手袋をはめて帽子とサングラスとマスクをつけている。顔は分からないけれど、体格と口調から男性と思われた。
「彼氏のような目に遭いたくないだろう?」
恐怖に立ちすくんでいたのが、その一言で急激に怒りに変わった。
誰だかわからないけど、この人たちが、奏くんをあんな事故に遭わせた…!!
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
前方の男性が私に近づきながら、蔑むような口調で吐き捨てた。
「彼氏から預かったものを出せ」
私の目の前まで来ると、圧迫するように顔を近づけ、手袋をした手を鼻先に突き出した。
絶対に。
こんな奴らの思い通りにはさせない。
怒りが恐怖をかき消した。
『奏くんが命懸けで手に入れた証拠。絶対に守らないとな』
考えろ、のい。
どうすればいい?
とりあえず、壊れた機械みたいに何度も首を縦に振ると、
後ろから口を押さえていた手が緩んだ。
「わかりました。渡します。でも、ここにはありません」
…ホントはどこにもないけどな。
心の中で付け加える。
うん、大丈夫。落ち着いて。声が震えないように。
呼吸を整えて続けた。
「私に何かあったら、即、告発記事が世に出るようになってます」
緊張のあまり息が切れて、小さく息継ぎを繰り返した。
「でも、…今ならまだ止めることができます」
大丈夫か。おかしいこと言ってないよね。
心臓がバクバク鳴って、冷や汗が出てきた。
前後を囲む男性2人が、真偽を確かめるように私を見てくる。
「どうしてあのデータを探してるんですか」
大事なのは、生きて切り抜けること。
敵の正体を知ること。
『疑わしいのはそのゲーム会社だけど、何か大きな力が動いているような気がする』
この人たち、誰―――――っ!?
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