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blue.57

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家に戻るとベッドの上に赤いヘルメットが置いたままになっていた。
抱きしめたら、微かに潮の匂いがした。

『泣いてんなよ。また、キスしてやるから』

奏くん。
また、キスして欲しい。

柔らかくて甘い。
触れるだけの優しい優しいキス。

泣きすぎて、目も顔も腫れてガサガサなのに、
また涙の粒が落ちる。

忘れられない人がいても、
彼女が一億人いてもいいから。

気まぐれでいいから。
また、会いに来て欲しい。

奏くんに会いたい。

1人でいるとどこまでも落ちていきそうなので、仕事に行くことにした。
和泉さんは「無理しなくていい」って言ってくれたけど、
何かしていないと自分が壊れそうな気がした。

奏くんのハンカチをお守り代わりにポケットに忍ばせる。

穏やかな日差しの下。
朝のラッシュを過ぎた電車。踏切。停車駅。
車窓を過ぎるたくさんの家、ビル、車。

世の中にはこんなにもたくさんの人が過ごしているのに
会いたい人は一人しかいない。


研究室に着くと和泉さんは不在で、麻雪さんが同情の色を浮かべて私を迎えてくれた。

「大変だったね」

紅茶まで淹れてきてくれた。

…温かい。
弱り切った心に沁みる。

「…それで、彼の具合はどう? イズミくんから聞いたけど、大事なデータがなくなっちゃったんだって? 他に彼から預かったものはないの?」

麻雪さんの問いかけに力なく首を振った。

奏くんが和泉さんに送ったデータは消えていたけれど、元のデータを奏くんが持っていたはず。

病院で和泉さんに電話した後、秋くんと一緒に奏くんの荷物の中を探させてもらったけれど、分からなかった。パスワードやロックが解けなかったのもあるけど、奏くんが周到に隠したか、事故のどさくさで持ち去られたか、…

「そう、残念ね」

麻雪さんが声を落とす。

それが本当に残念そうで、胸を突かれた。
麻雪さんにとって、この真実は辛いものじゃなかったのかな。

麻雪さんの雪のように白い肌色をそっと眺めた。

…聖女。
派遣の木下さん、上手いこと言うな。

『…聖女にも裏の顔があるんです』

麻雪さんに限って、それは杞憂なのかもしれない。
真実を知ってもこんな風に心配してくれるなんて。

「そういえば、イズミくんが、落ち着いたら書庫に来て欲しいって言ってたわ。地下にあるの」

私の視線に気づいたのか、麻雪さんが顔を上げてにっこり微笑んだ。
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