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「のい? 大丈夫か?」
「…あ。はい、全然。…全然大丈夫です」

和泉さんが会社帰りに、ご飯に連れて行ってくれた。

創作イタリアンで、自然栽培の新鮮な野菜ときのこと畜産物がぜいたくに使われていて、サラダもアヒージョもニョッキも貝のワイン蒸しもソーセージもピザも、…
もう全てがとっても美味しいお店だったんだけど、
なんかたくさん食べられなかった。

心に穴があいたみたいって、こういう感じを言うのかな。
何かが足りなくて、寂しくて、心もとない。

「青井、…」

どくん。その名前を聞いたら理由もなく心臓が跳ねた。
通話が途切れて暗くなったスマホの画面を眺めたまま動けなかった。
そこから時間が止まっていた。

「…静岡まで行ってくれたんだってな」

和泉さんが思いやるように目を細めた。

「静岡、…麻雪も行ってたな。…ごめん。俺、ちょっと、動揺してる」

和泉さんがつぶやいて、テーブルに落とした視線をさまよわせた。

「ソフトのせいだと思ってた。疑ってもいなかった」

奏くんが和泉さんに送ったというデータには、
事故後に亡くなった円谷亮さんが密かに持っていた、当日使われた炭酸ガスの成分配合表があったという。

会社は最初から炭酸ガスを使った演出で、観客を酸欠状態に陥らせ、身体麻痺や幻覚症状を起こさせることを狙っていたらしい。
その事実を隠ぺいするためにソフトの不具合を持ち出した。
円谷さんは責任を感じたのではなく、会社の判断に絶望したのだ。

「円谷さんは俺の先輩上司で、すごく尊敬できる人だった。亡くなる前、俺に、お前は悪くない、自分を信じろって言ってくれたんだ…」

テーブルの上で、和泉さんの大きな手が少し震えているような気がした。

「生涯をかけて、彼の分まで、俺に出来る償いはしようと思ってきた…」

和泉さんの漆黒の瞳が揺れていた。

「青井、どうやって調べ上げたんだろう。そう簡単に突き止められたとも思えないけど」

その言葉が胸の奥を締め付ける。

『まあいいや』ってどうでも良さそうだったくせに、
私がラーメンとか合コンとか浮かれている間に奏くんがその身を削って調べてくれてたんだ。

『絶対証明してやるから』

和泉さんを自由にするために。

『もう、泣くな』

私が泣いたから。

『俺、お前のこと好きだった』

淡雪みたいに儚く消えた奏くんの甘く沁みる声が耳によみがえる。
奏くんに会いたい。

和泉さんが私をマンションまで送ってくれた。

「のい、ありがとな」

朧げな月が照らす夜道で和泉さんが私を抱きしめてくれた。
長身の和泉さんが腕を回すとその影にすっぽりと覆われてしまう。

大きくて温かい腕の中。
支えてくれる確かな腕。
救ってくれる優しい腕。

ずっと焦がれていた大好きな和泉さんの腕の中で、
どうしてか泣きそうだった。
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