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番外編. 稜
14.
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「稜さん、そろそろ着くんじゃないですか」
部屋の中から俺を呼ぶ声に適当に相槌を打った。
「あー、…そうだな」
マンションのベランダで抜けるように青い空を見上げながら、タバコをくゆらせる。
「もう、また。吸い過ぎですよ!」
部屋から出てきた祐が、俺のタバコを見とがめて没収する。
「医者なんですから。健康には人一倍気をつけないと」
祐が世話女房みたいに俺のタバコを片付け、ついでにベランダの掃除もする。
秋田の高校を卒業した祐は志望校に合格し、東京に上京して、医学部生として学生生活を謳歌しつつ、はなはだしい頻度で俺のマンションにやってくる。
俺は聖北斗総合で半年間の交換研修を終え、また東京に戻っていた。
ゆいが悠馬と結婚して、3年が経つ。
ワールドツアーで世界を回っている悠馬は日本にいないことが多い。
ゆいは悠馬に伴いながら、2人の子どもを連れて慣れない海外で忙しく頑張っているらしい。
翔はしっかり者のお兄ちゃんになって、すっかり口達者になり、頭脳面でも持ち前の賢さを発揮して、ゆいと妹を守っている。
彼らは日本に戻ってくるたび、俺のマンションを訪れる。
「あ、…着いたみたいです!」
祐がインターフォンに反応して、慣れた手つきでロックを解除する。
時々、俺は祐と実は同棲しているんじゃないかという錯覚に陥る。
透き通った空の青さがやけに目に染みる。
緑を揺らす初夏の風が耳に心地いい。
こんな風にゆいの心が快晴で、
穏やかに揺るぎなくあることを願っている。
小さな諍いやすれ違いや時には疲労があったとしても。
共に過ごせる時間を大切に笑い合えていることを
いつも願っている。
「稜にい!」
いち早く俺を見つけた翔が部屋の窓を開けて、俺に飛びついてきた。
「翔」
しっかりした身体つきになり、軽々しく抱き上げたりできなくなった翔を受け止めて、頭を撫でる。
「元気だったか」
「うん!」
「…りょ、にい」
翔の妹のういが、まだ若干危なっかしい足取りで部屋を横切ってベランダに出てきた。
つまずいて転ぶ前に、ゆいによく似た可愛らしい女の子を抱き上げる。
「うい。元気にしてたか」
「はい」
澄んだ大きな瞳に俺を映して嬉しそうにうなずく。
くせのある柔らかい髪が頬に触れてくすぐったい。
まだ甘く懐かしいような乳児の匂いがする。
「あのね」
ういが小さくてふくよかな手を俺の頬に伸ばす。
「うい、りょおにいのおよめさんになる」
ういが桜の花びらのような柔らかく潤んだ唇を俺に押し当てた。
無邪気な可愛らしさが心の奥底に閉じ込めた想いを照らす。
一生消せない行き場を失くした想いを許すように包み込む。
不覚にも涙腺が刺激された。
年を取ったせいかな。
部屋の中から俺を呼ぶ声に適当に相槌を打った。
「あー、…そうだな」
マンションのベランダで抜けるように青い空を見上げながら、タバコをくゆらせる。
「もう、また。吸い過ぎですよ!」
部屋から出てきた祐が、俺のタバコを見とがめて没収する。
「医者なんですから。健康には人一倍気をつけないと」
祐が世話女房みたいに俺のタバコを片付け、ついでにベランダの掃除もする。
秋田の高校を卒業した祐は志望校に合格し、東京に上京して、医学部生として学生生活を謳歌しつつ、はなはだしい頻度で俺のマンションにやってくる。
俺は聖北斗総合で半年間の交換研修を終え、また東京に戻っていた。
ゆいが悠馬と結婚して、3年が経つ。
ワールドツアーで世界を回っている悠馬は日本にいないことが多い。
ゆいは悠馬に伴いながら、2人の子どもを連れて慣れない海外で忙しく頑張っているらしい。
翔はしっかり者のお兄ちゃんになって、すっかり口達者になり、頭脳面でも持ち前の賢さを発揮して、ゆいと妹を守っている。
彼らは日本に戻ってくるたび、俺のマンションを訪れる。
「あ、…着いたみたいです!」
祐がインターフォンに反応して、慣れた手つきでロックを解除する。
時々、俺は祐と実は同棲しているんじゃないかという錯覚に陥る。
透き通った空の青さがやけに目に染みる。
緑を揺らす初夏の風が耳に心地いい。
こんな風にゆいの心が快晴で、
穏やかに揺るぎなくあることを願っている。
小さな諍いやすれ違いや時には疲労があったとしても。
共に過ごせる時間を大切に笑い合えていることを
いつも願っている。
「稜にい!」
いち早く俺を見つけた翔が部屋の窓を開けて、俺に飛びついてきた。
「翔」
しっかりした身体つきになり、軽々しく抱き上げたりできなくなった翔を受け止めて、頭を撫でる。
「元気だったか」
「うん!」
「…りょ、にい」
翔の妹のういが、まだ若干危なっかしい足取りで部屋を横切ってベランダに出てきた。
つまずいて転ぶ前に、ゆいによく似た可愛らしい女の子を抱き上げる。
「うい。元気にしてたか」
「はい」
澄んだ大きな瞳に俺を映して嬉しそうにうなずく。
くせのある柔らかい髪が頬に触れてくすぐったい。
まだ甘く懐かしいような乳児の匂いがする。
「あのね」
ういが小さくてふくよかな手を俺の頬に伸ばす。
「うい、りょおにいのおよめさんになる」
ういが桜の花びらのような柔らかく潤んだ唇を俺に押し当てた。
無邪気な可愛らしさが心の奥底に閉じ込めた想いを照らす。
一生消せない行き場を失くした想いを許すように包み込む。
不覚にも涙腺が刺激された。
年を取ったせいかな。
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