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番外編. 稜

12.

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春の気配を色濃く感じるようになったころ、
ゆいの母親が病院に俺を訪ねてきた。

「先生には大変なご迷惑をおかけして申し訳ございません。ゆいを守って頂き、本当に有難うございます」

俺に深々と頭を下げた母親は、目元がゆいと似ている。

報道を見てどれだけ心を痛めただろう。
心配して憔悴した顔をしている。

学生で、相手も知らせず、一人で産んで育てると言ったゆいを突き放してしまったと母親は泣いた。

ゆいとゆいの子どもを抱きしめたいと。
ゆいが人生をかけて選んだ相手を受け入れたいと。

「相手の方はお立場もあるでしょう。何をして欲しいわけではありません。ただ、娘と孫を少し休ませてあげられたら、と」

ゆいを。
連れて行くんだろうな。

無力な自分の手を握りしめた。

悠馬が戻ってくるまで。
そばにいられるなんて、独りよがりもいいところだったな。
俺の限りある時間は簡単に終わりを告げる。

それでも。

ゆいの母親をマンションに連れて行った後、
病院に戻り、迷わず院長室を訪れた。

ゆい。

お前が俺を必要としなくても。
俺にはお前以外に欲しいものなんて
何もないんだよ。



「秋田に行くぅ~?」

久しぶりに湊人と飲んだ。

ゆいが秋田の実家に戻って3ヶ月。
時間の許す限り、会いに行ってはいたけれど。
全国の病院間で実施される交換研修に参加することを、やっと病院理事に認めさせた。

半年だけだけど、ゆいのいる聖北斗総合に移る。
必要なら延長理由は何とでも考える。

「や、…まあ。いや、…うん」

湊人はもう、何も言わなかった。

「Yuma、…迎えに来ないかもしれないし、な」

湊人の言葉にうなずくことは出来なかった。

何年経っても、何十年経っても、それが許されるなら
悠馬はすぐにゆいの元に向かうだろう。

そしてゆいも。
何年経っても、何十年経っても。
悠馬だけを待っているんだろう。

「…恋ってつらいな」

飲み慣れたバーボンが喉に染みる。

必死で滑稽で痛々しい。
愚かであがいて深みにはまる。
自分自身でさえどうにもできない。
やめることさえうまくできない。

湊人が俺の肩を叩いた。

「お前のマンション、管理しとくよ。こっちで必要なことがあったら何でも言えよ」

「…俺、恋愛してる奴、心から尊敬する」

湊人がまた俺の肩を叩く。

報われなくても。限りある恋でも。
会えてよかった。
そう思えるように。

お前のこと、大事にしたい。
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