上 下
84 / 88
番外編. 稜

11.

しおりを挟む
悠馬の腕に抱かれたゆいは、
あるべきところに戻ってきた迷子の欠片のようだった。

互いにたった一つの存在を探し当てた欠片が
自然にすんなりと当てはまって、
他の何かが入る余地はどこにもなかった。

ゆいが心から満ち足りているのがわかった。
悠馬に触れて身体中潤って艶やかで、
怖いくらい綺麗だった。

胸の痛みには、気づかないふりをした。

ゆいの帰る場所はあそこだ。
あいつの腕の中。

願い事なんてしたことはなかったが、
悠馬の腕があればいいのにと思った。

泣いているゆいを慰めてやれる
たった一つだけの腕が。

どんな時でもそばにいて
抱きしめてやれる腕が。

妻帯者である悠馬には、けじめをつける約束をさせた。
このままゆいを連れて逃げても、ゆいには辛いだろう。

でも。

『…好き』

逃がしてやればよかったな。

ゆいと悠馬を引き離したかったわけじゃない。
こんな風にゆいを傷つけたかったわけじゃない。



悠馬の妻が自殺を図って、悠馬は身動きできなくなった。
ゆいはバッシングの対象になって身体的にも攻撃にさらされた。
翔がまったく口を利かなくなった。

ゆいをマンションに閉じ込める以外に、何もできなかった。
あの日、悠馬にゆいを渡さなかったことを心底悔やんだ。

ゆいが泣いている。
悠馬を待って泣いている。

ゆいの涙を止められるのは、世界中でただ一人。

電話くらいしてやれよ。

この状況で悠馬がゆいに連絡をとったら、
状況が悪化することは火を見るよりも明らかだけど。

それでも。

あの日、悠馬が残した頼りない面影にすがって泣いているゆいを
どう守ってやればいいかわからない。
どう慰めてやればいいかわからない。

自分が無力過ぎて滑稽で情けなかった。

俺は好きな女一人、守ることができない。

「先生、お願いします。助けて下さい」

外科手術でメスを操る俺の腕は、ゆいを救えない。

「先生のおかげで歩けるようになったよ」

無邪気な子どもを撫でる俺の手は、ゆいに届かない。



…無力だな。

病院の屋上から暮れかけた空を見上げた。

もしも。
このまま悠馬が迎えに来なければ。

凍てついた冬の寒さがわずかに緩み、
頰を通り過ぎる風がかすかに春の匂いをはらむ。

そばにいてもいいかな。

無力だけどそれでも。
そばにいさせてくれないか。

空に掲げた自分の手を見上げる。
指の間から沈みゆく陽光がこぼれ落ちる。

どんなに手を伸ばしてもつかめない。
どんなに思いを叫んでも届かない。

それでも。

そばにいさせてほしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま
恋愛
最低最悪な初対面だった。 職場の同僚だろうと人妻ナースだろうと、誘われればおいしく頂いてきた来る者拒まずでお馴染みのチャラ男。 私はこんな人と絶対に関わりたくない! 独占欲が人一倍強く、それで何度も過去に恋を失ってきた私が今必死に探し求めているもの。 それは……『Dの男』 あの男と真逆の、未経験の人。 少しでも私を好きなら、もう私に構わないで。 私が探しているのはあなたじゃない。 私は誰かの『唯一』になりたいの……。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】つぎの色をさがして

蒼村 咲
恋愛
【あらすじ】 主人公・黒田友里は上司兼恋人の谷元亮介から、浮気相手の妊娠を理由に突然別れを告げられる。そしてその浮気相手はなんと同じ職場の後輩社員だった。だが友里の受難はこれでは終わらなかった──…

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

処理中です...