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番外編. 稜
06.
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ゆいと当たり障りなく一緒にいるようになったクリスマス。
翔におもちゃと、ゆいにはさんざん迷って万能鍋を買った。
本当は指輪やネックレスを贈りたかったけれど、ゆいは喜ばないだろう。
ゆいに枷をかけるつもりはない。
俺の想いは通じているはずだし、最近は俺にも慣れて、だいぶ心を許している気がする。
別れ際に軽くキスする。
甘く柔らかいゆいの唇。
本当はもっと奥まで堪能したい。
触れるたびに欲しくなる。
でも、触れるたびに痛感する。
ゆいは。
今でもずっと、ただ一人だけを想っている。
翔の父親。
ゆいの周りに気配はまるでないけれど、どこまでもゆいの心をつかんで離さない。
至極整った顔をしている翔は、ゆいの可愛らしさとはまた別物だ。
父親に似ているとしたら、相当ハンサムな男なのだろう。
そいつはゆいを、捨てたのだろうか。
だとしたら、もう二度とゆいの前に現れるな。
どこかで一生後悔しているといい。
「会いたい、…です」
自分の耳を疑った。
クリスマスの夜。
まだ勤務が終わらない俺に、ゆいが電話をかけてきた。
頼りない声。
泣きそうな。
泣いているかのような。
医師会をサボって今すぐに飛んで行ってやりたい。
でも、経過観察の患者さんが待っているし、引き継ぎを怠るわけにはいかない。
もともと今日は遅くなるから、会えないことは伝えていた。
クリスマスだろうが会いたいのは俺だけで、ゆいはさして残念そうでもなかったのに。
「待って、…ます」
寂しそうなゆいの声が耳に残る。
気ばかり焦って、何もかも上の空で、
「ゆうきせんせえ、なにか、あったの?」
交通事故で怪我をして入院中の女の子にまで、心配される始末だった。
ゆいの家に着いたのは、日付けが変わってからだった。
ドアを開けたゆいは、泣きはらした赤い目をしていた。
守っているのか、守られているのか、ゆいの足にしがみついている翔を抱き上げる。
ゆいの腫れた瞼をなでた。
…胸が痛い。
抱き寄せると、ゆいは俺の腕の中に頼りなく収まった。
静かに震える身体。
抱きしめていないと、消えてしまいそうな気がした。
その夜、初めてゆいの家に泊まった。
ただ、一晩中ゆいを抱きしめていた。
俺の腕の中で、ゆいが泣いている。
こんなにも、ゆいが傷ついているのは、多分。
たった一人。
ゆいが忘れられないそいつのせい。
どんなに強く抱きしめても、
確かめるようにゆいに触れても、
ゆいはここには居ないような気がした。
ここにいるのはゆいの抜け殻で、
ゆいの心は、ずっと、そいつのもとにあるんだろう。
だけど。
「ゆいが好きだよ」
伝わらなくても届かなくても、
俺はここに居るから。
唯一、ゆいが焦がれて、ゆいを傷つける
名前も知らない男のことが、恨めしくて羨ましかった。
翔におもちゃと、ゆいにはさんざん迷って万能鍋を買った。
本当は指輪やネックレスを贈りたかったけれど、ゆいは喜ばないだろう。
ゆいに枷をかけるつもりはない。
俺の想いは通じているはずだし、最近は俺にも慣れて、だいぶ心を許している気がする。
別れ際に軽くキスする。
甘く柔らかいゆいの唇。
本当はもっと奥まで堪能したい。
触れるたびに欲しくなる。
でも、触れるたびに痛感する。
ゆいは。
今でもずっと、ただ一人だけを想っている。
翔の父親。
ゆいの周りに気配はまるでないけれど、どこまでもゆいの心をつかんで離さない。
至極整った顔をしている翔は、ゆいの可愛らしさとはまた別物だ。
父親に似ているとしたら、相当ハンサムな男なのだろう。
そいつはゆいを、捨てたのだろうか。
だとしたら、もう二度とゆいの前に現れるな。
どこかで一生後悔しているといい。
「会いたい、…です」
自分の耳を疑った。
クリスマスの夜。
まだ勤務が終わらない俺に、ゆいが電話をかけてきた。
頼りない声。
泣きそうな。
泣いているかのような。
医師会をサボって今すぐに飛んで行ってやりたい。
でも、経過観察の患者さんが待っているし、引き継ぎを怠るわけにはいかない。
もともと今日は遅くなるから、会えないことは伝えていた。
クリスマスだろうが会いたいのは俺だけで、ゆいはさして残念そうでもなかったのに。
「待って、…ます」
寂しそうなゆいの声が耳に残る。
気ばかり焦って、何もかも上の空で、
「ゆうきせんせえ、なにか、あったの?」
交通事故で怪我をして入院中の女の子にまで、心配される始末だった。
ゆいの家に着いたのは、日付けが変わってからだった。
ドアを開けたゆいは、泣きはらした赤い目をしていた。
守っているのか、守られているのか、ゆいの足にしがみついている翔を抱き上げる。
ゆいの腫れた瞼をなでた。
…胸が痛い。
抱き寄せると、ゆいは俺の腕の中に頼りなく収まった。
静かに震える身体。
抱きしめていないと、消えてしまいそうな気がした。
その夜、初めてゆいの家に泊まった。
ただ、一晩中ゆいを抱きしめていた。
俺の腕の中で、ゆいが泣いている。
こんなにも、ゆいが傷ついているのは、多分。
たった一人。
ゆいが忘れられないそいつのせい。
どんなに強く抱きしめても、
確かめるようにゆいに触れても、
ゆいはここには居ないような気がした。
ここにいるのはゆいの抜け殻で、
ゆいの心は、ずっと、そいつのもとにあるんだろう。
だけど。
「ゆいが好きだよ」
伝わらなくても届かなくても、
俺はここに居るから。
唯一、ゆいが焦がれて、ゆいを傷つける
名前も知らない男のことが、恨めしくて羨ましかった。
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