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番外編. 稜
03.
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「あ、稜? 今日夜勤明けなんだよね。会える~?」
電話を取った途端、後悔した。
向かいの席で翔がシェイクを飲みながらポテトをつまんでいる。
一本一本恐る恐る口に入れて、嬉しそうに噛みしめる姿が可愛すぎる。
翔がファストフード店に行きたいというので、連れてきた。
ポテトを食べたことがないらしい。
ゆいの教育方針かもしれないが、爺にとっては孫に気に入られることが先決だ。
「会えない。明日以降も無理だ。もう連絡するな」
電話の向こうで絶句しているうちに通話を終えた。
結婚願望も恋人願望もなかった俺は、気楽な付き合いを良しとしてきたが、一夜にして事情が変わった。
遊ぶ女はいらない。
ゆいがいればいい。
翔が瞬きながら俺を見ているのに気付き、見え透いた微笑みを浮かべてみた。
「今日は、お前と過ごす大事な日だからな」
翔が唇の端を少しだけもたげて、生意気な笑みを見せた。
こいつ。
いくらなんでも俺の事情が分かったわけじゃねえだろうな。
考えてみれば、病み上がりの翔を連れ回して、風邪がぶり返したら困る。
翔に何かあったら、俺に対するゆいの信頼は地に落ちてしまう。
関係を築くことに焦るあまり、ろくでもないことをしでかすところだった。
俺は。
好きな子を前に浮かれる中学生みたいだな。
自分にもまだこんな感情があったなんて驚きだ。
病院に戻って、仮眠室を陣取り、翔を診てから、休ませた。
点滴の効果か、順調に快復しているようでほっとする。
「…ぼくらの なまえは ぐりとぐら このよで いちばん すきなのは おりょうりすること たべること ぐりぐらぐりぐら…」
(『ぐりとぐら』福音館書店)
翔が眠るまで、保育室から借りてきた絵本を読み聞かせた。
俺が、絵本。
俺を知る奴が見たら、卒倒しそうなほど似合わない。
たどたどしい音読は、読んでいる自分すら、気色悪い。
それでも翔は、じっと耳を澄ませて、やがて眠りに落ちた。
翔の柔らかい髪を撫でる。
驚くほど素直だ。
口数も少ない。
標準よりずっと小さな身体で、必死に守っているんだろう。
ゆいを。
子どもなんてうるさいし汚いし、面倒くさいだけだと思っていたけれど。
大人よりずっと高尚で、敬うべき生きものなのかもしれない。
翔の寝顔を見ているうちに、俺にも眠気が襲ってきた。
なぁ。
俺にも、ゆいを守らせてくれないか。
お前とゆいを、全力で大切にするから。
頼むよ。
ただ、ゆいが、安心していられたら、それでいいから。
いつの間にか、うたた寝していたらしい。
人の気配に目を覚ますと、背後に看護師がいて、俺に毛布をかけようとしているところだった。
「…ありがとう」
「いっ!いえ、あの、風邪をひいてはいけないと、…」
礼を言うと、看護師はみるみる顔を赤らめ、もごもごつぶやいた。
電話を取った途端、後悔した。
向かいの席で翔がシェイクを飲みながらポテトをつまんでいる。
一本一本恐る恐る口に入れて、嬉しそうに噛みしめる姿が可愛すぎる。
翔がファストフード店に行きたいというので、連れてきた。
ポテトを食べたことがないらしい。
ゆいの教育方針かもしれないが、爺にとっては孫に気に入られることが先決だ。
「会えない。明日以降も無理だ。もう連絡するな」
電話の向こうで絶句しているうちに通話を終えた。
結婚願望も恋人願望もなかった俺は、気楽な付き合いを良しとしてきたが、一夜にして事情が変わった。
遊ぶ女はいらない。
ゆいがいればいい。
翔が瞬きながら俺を見ているのに気付き、見え透いた微笑みを浮かべてみた。
「今日は、お前と過ごす大事な日だからな」
翔が唇の端を少しだけもたげて、生意気な笑みを見せた。
こいつ。
いくらなんでも俺の事情が分かったわけじゃねえだろうな。
考えてみれば、病み上がりの翔を連れ回して、風邪がぶり返したら困る。
翔に何かあったら、俺に対するゆいの信頼は地に落ちてしまう。
関係を築くことに焦るあまり、ろくでもないことをしでかすところだった。
俺は。
好きな子を前に浮かれる中学生みたいだな。
自分にもまだこんな感情があったなんて驚きだ。
病院に戻って、仮眠室を陣取り、翔を診てから、休ませた。
点滴の効果か、順調に快復しているようでほっとする。
「…ぼくらの なまえは ぐりとぐら このよで いちばん すきなのは おりょうりすること たべること ぐりぐらぐりぐら…」
(『ぐりとぐら』福音館書店)
翔が眠るまで、保育室から借りてきた絵本を読み聞かせた。
俺が、絵本。
俺を知る奴が見たら、卒倒しそうなほど似合わない。
たどたどしい音読は、読んでいる自分すら、気色悪い。
それでも翔は、じっと耳を澄ませて、やがて眠りに落ちた。
翔の柔らかい髪を撫でる。
驚くほど素直だ。
口数も少ない。
標準よりずっと小さな身体で、必死に守っているんだろう。
ゆいを。
子どもなんてうるさいし汚いし、面倒くさいだけだと思っていたけれど。
大人よりずっと高尚で、敬うべき生きものなのかもしれない。
翔の寝顔を見ているうちに、俺にも眠気が襲ってきた。
なぁ。
俺にも、ゆいを守らせてくれないか。
お前とゆいを、全力で大切にするから。
頼むよ。
ただ、ゆいが、安心していられたら、それでいいから。
いつの間にか、うたた寝していたらしい。
人の気配に目を覚ますと、背後に看護師がいて、俺に毛布をかけようとしているところだった。
「…ありがとう」
「いっ!いえ、あの、風邪をひいてはいけないと、…」
礼を言うと、看護師はみるみる顔を赤らめ、もごもごつぶやいた。
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