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5章. ゆい
machi.68
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「あたし、ずっと、ゆいさんになりたかった」
欄干から流れる川を見下ろしながら、リナさんがつぶやいた。
リナさんを見て騒ぎになったりしないか冷や冷やしたけれど、
行きかう人は誰も気づいていないようだ。
稜さんと林さん、そして祐も少し離れたところから見守ってくれている。
「悠馬のこと、好きで好きで、悠馬が欲しくて、そのためなら何だってした。」
リナさんは寂しそうな微笑みを浮かべて川面を見ていた。
「でも、全然だめだった。悠馬の中には最初から最後まで、ゆいさんしかいなかった」
リナさんの長い髪が陽の光に透けて輝く。
「悠馬がゆいさんを見つけたら、終わりになるの、分かってた。
でも、それでも、少しでも長く一緒に居たくて、…嫌なこと、した」
リナさんが私を見て、すぐに自嘲気味に目を伏せた。
「悠馬、いつも、すごく優しかった。自殺未遂で困らせた時も、ずっとそばにいてくれた。
何でも、わがまま聞いてくれた。
何でも、くれるって言うの。マンションも慰謝料も世間の信用も、…何でも、全部。
だから、…」
言葉を切ると目を上げて、今度ははっきりと挑むように私を見た。
「抱いてほしいって言ったの」
そして、ふっと唇をゆがませ、
「…あんな悲しそうな悠馬、初めて見た。ゆいさんが泣くから無理だって」
リナさんは、哀しく笑った。
「キスすらしてくれないなんて…、馬鹿みたい。
それで離婚出来たのに、自由になれたのに。
したって、ゆいさんに分かるわけないのに。
…どんなにすがってもダメだった」
午後のぬるい風が、リナさんの髪をはためかせる。
通り過ぎる車のエンジン音も、切り替わる信号の合図も、
話しながら、笑いながら、進んでいく人たちも、
リナさんを彩る背景になる。
「…うらやましくて、悔しくて、気が変になりそうで、…眼鏡、送り付けたの。
あの眼鏡、悠馬がいつも、すごく大切そうに見てたから」
リナさんの小さくて整った顔が苦痛に歪む。
「ゆいさんは、いいね。悠馬に愛されて、いいね」
切れ長のすっきりした目元に涙の膜が張る。
きらめく瞳が私に向けられる。まっすぐに。
「あたしも、全部あげるよ。容姿も名声も仕事も貯金も、…全部全部」
リナさんの想いが、渦になって全身に降りかかる。
胸が痛い。
「あたし、ゆいさんになりたい」
つややかな唇が震える。
「ゆいさんになれるなら、何にもいらないのに…」
リナさんは瞬いて、振り切るように息を吐いた。
「でも無理ね。あたしはあたし。染谷莉奈でしかない。
だから、染谷莉奈で生きていく」
言い終わると、肩の荷が下りたようにすっきりした表情になり、
私の手に茶封筒を握らせた。
「…あげる」
欄干から流れる川を見下ろしながら、リナさんがつぶやいた。
リナさんを見て騒ぎになったりしないか冷や冷やしたけれど、
行きかう人は誰も気づいていないようだ。
稜さんと林さん、そして祐も少し離れたところから見守ってくれている。
「悠馬のこと、好きで好きで、悠馬が欲しくて、そのためなら何だってした。」
リナさんは寂しそうな微笑みを浮かべて川面を見ていた。
「でも、全然だめだった。悠馬の中には最初から最後まで、ゆいさんしかいなかった」
リナさんの長い髪が陽の光に透けて輝く。
「悠馬がゆいさんを見つけたら、終わりになるの、分かってた。
でも、それでも、少しでも長く一緒に居たくて、…嫌なこと、した」
リナさんが私を見て、すぐに自嘲気味に目を伏せた。
「悠馬、いつも、すごく優しかった。自殺未遂で困らせた時も、ずっとそばにいてくれた。
何でも、わがまま聞いてくれた。
何でも、くれるって言うの。マンションも慰謝料も世間の信用も、…何でも、全部。
だから、…」
言葉を切ると目を上げて、今度ははっきりと挑むように私を見た。
「抱いてほしいって言ったの」
そして、ふっと唇をゆがませ、
「…あんな悲しそうな悠馬、初めて見た。ゆいさんが泣くから無理だって」
リナさんは、哀しく笑った。
「キスすらしてくれないなんて…、馬鹿みたい。
それで離婚出来たのに、自由になれたのに。
したって、ゆいさんに分かるわけないのに。
…どんなにすがってもダメだった」
午後のぬるい風が、リナさんの髪をはためかせる。
通り過ぎる車のエンジン音も、切り替わる信号の合図も、
話しながら、笑いながら、進んでいく人たちも、
リナさんを彩る背景になる。
「…うらやましくて、悔しくて、気が変になりそうで、…眼鏡、送り付けたの。
あの眼鏡、悠馬がいつも、すごく大切そうに見てたから」
リナさんの小さくて整った顔が苦痛に歪む。
「ゆいさんは、いいね。悠馬に愛されて、いいね」
切れ長のすっきりした目元に涙の膜が張る。
きらめく瞳が私に向けられる。まっすぐに。
「あたしも、全部あげるよ。容姿も名声も仕事も貯金も、…全部全部」
リナさんの想いが、渦になって全身に降りかかる。
胸が痛い。
「あたし、ゆいさんになりたい」
つややかな唇が震える。
「ゆいさんになれるなら、何にもいらないのに…」
リナさんは瞬いて、振り切るように息を吐いた。
「でも無理ね。あたしはあたし。染谷莉奈でしかない。
だから、染谷莉奈で生きていく」
言い終わると、肩の荷が下りたようにすっきりした表情になり、
私の手に茶封筒を握らせた。
「…あげる」
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