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4章. 悠馬
machi.62
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「なぁ、悠馬。
今更と思われるかもしれないが、お前のことは、息子のように思っている」
事務所で染谷が俺に言う。
「私は、お前を買っているし、私たちはこの先もずっと一緒に音楽をやっていくだろう。
先のことを考えて、やり直そう」
常に、計算高くて自信に満ち溢れた染谷だったが、落ち着かない様子で立て続けに煙草を吸っている。
染谷なりに、思うところはあるんだろう。
「…あの調査報告書は、染谷さんの指示ですか」
問いかけると染谷は一瞬目を泳がせて、
「私が間違えたのなら、謝る。
でも過去のことは、乗り越えていけると思っている」
俺と目を合わせた。
「リナの父親としても頼むよ。やり直してくれ。この通りだ」
リナの行動がさすがに堪えているのか、
染谷は肩をすぼめて頭を下げると、苦悩するように息を吐き出した。
「俺はもう、あなたを信用できません」
俺の低い声にも染谷はゆがんだ笑みを見せた。
「それでも私たちはパートナーだ。そうだろう?」
肩に乗せられた染谷の手を振り払って部屋を出た。
濁った澱のようなものがつま先から溜まっていく。
身体が次第に蝕まれていく。
指で、何度もゆいの電話番号をなぞった。
でも、かけることができなかった。
ゆいは、報道を見ているだろうか。
リナの自殺未遂騒動や付き添う俺を見ただろうか。
ゆい。
何を伝えればいい?
大人で余裕のある結城なら、こんなことにはならないのか。
事務所の壁を殴りつけても、何も晴れなかった。
3月になり、世界ツアーの準備に追われるようになった。
まもなく、リハーサルのため、ニューヨーク入りする。
ルーカスがリナを慰めたり励ましたり、外に連れ出したりして、
このところ、よくリナの笑い声も聞こえる。
ツアーでしばらく留守にするから、ルーカスも別れを惜しんでいるようだ。
今の状態なら、リナも騒ぎになるようなことはしないだろう。
俺だけが、結城のマンションを出た時のまま、何も出来ずにいる。
話したり、歌ったり、動いたりしている俺は別の誰かで、
俺自身は、焦燥感を募らせながら、
見えないガラスの檻の中で徐々に朽ちている。
時間だけがただ、過ぎていく。
でも、何も変わっていない訳じゃなかった。
「いいよ、悠馬。離婚、しても」
ニューヨークに発つ前日の夜、突然リナから言い出した。
今更と思われるかもしれないが、お前のことは、息子のように思っている」
事務所で染谷が俺に言う。
「私は、お前を買っているし、私たちはこの先もずっと一緒に音楽をやっていくだろう。
先のことを考えて、やり直そう」
常に、計算高くて自信に満ち溢れた染谷だったが、落ち着かない様子で立て続けに煙草を吸っている。
染谷なりに、思うところはあるんだろう。
「…あの調査報告書は、染谷さんの指示ですか」
問いかけると染谷は一瞬目を泳がせて、
「私が間違えたのなら、謝る。
でも過去のことは、乗り越えていけると思っている」
俺と目を合わせた。
「リナの父親としても頼むよ。やり直してくれ。この通りだ」
リナの行動がさすがに堪えているのか、
染谷は肩をすぼめて頭を下げると、苦悩するように息を吐き出した。
「俺はもう、あなたを信用できません」
俺の低い声にも染谷はゆがんだ笑みを見せた。
「それでも私たちはパートナーだ。そうだろう?」
肩に乗せられた染谷の手を振り払って部屋を出た。
濁った澱のようなものがつま先から溜まっていく。
身体が次第に蝕まれていく。
指で、何度もゆいの電話番号をなぞった。
でも、かけることができなかった。
ゆいは、報道を見ているだろうか。
リナの自殺未遂騒動や付き添う俺を見ただろうか。
ゆい。
何を伝えればいい?
大人で余裕のある結城なら、こんなことにはならないのか。
事務所の壁を殴りつけても、何も晴れなかった。
3月になり、世界ツアーの準備に追われるようになった。
まもなく、リハーサルのため、ニューヨーク入りする。
ルーカスがリナを慰めたり励ましたり、外に連れ出したりして、
このところ、よくリナの笑い声も聞こえる。
ツアーでしばらく留守にするから、ルーカスも別れを惜しんでいるようだ。
今の状態なら、リナも騒ぎになるようなことはしないだろう。
俺だけが、結城のマンションを出た時のまま、何も出来ずにいる。
話したり、歌ったり、動いたりしている俺は別の誰かで、
俺自身は、焦燥感を募らせながら、
見えないガラスの檻の中で徐々に朽ちている。
時間だけがただ、過ぎていく。
でも、何も変わっていない訳じゃなかった。
「いいよ、悠馬。離婚、しても」
ニューヨークに発つ前日の夜、突然リナから言い出した。
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