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4章. 悠馬
machi.60
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携帯電話を新調して、離婚手続きについて調べ、
必要な書類を出来る限り集めてから、
ロンドン行の航空機に乗った。
長いフライトの間に、離婚手続きを進めることを考えた。
泣きわめくリナと焦った様子の染谷。
どこまでも追いかけてくる報道関係者。
世間からの非難。仲間からの信頼。
それでも。
ゆいの声がする。
『…好き』
他に、欲しいものはない。
世界一の屑でいい。
ゆいを迎えに行きたい。
その知らせは、ロンドンに戻って約2週間、
レコーディングが終了しかけた頃、届いた。
動揺した様子の染谷が携帯電話を片手に
「リナが…、リナが…」と言いながら座り込み、マークが電話を替わった。
『リナが手首を切った。
幸いにも命に別状はないが、衰弱していて、緊急入院した』
次の瞬間には、ルーカスから渾身の一撃をくらって、
ドラムセットに頭から突っ込んでいた。
「止めろ、ルーカス!」
押さえつけるシンを振り払って、
「なんで、ユーマ!! なんで、もう少し、リナのこと…!」
ルーカスが声を震わせる。
「俺はお前を許せないけど、自分はもっと許せない…!!」
割れた声がスタジオに響き渡った。
「こんな結末を見たくて、リナをあきらめた訳じゃない!!」
振り絞るような叫び声と共に、ルーカスがスタジオを出て行った。
…痛え。
起き上がってドラムセットを直す。
「大丈夫か、ユーマ?」
シンに頷くが、大丈夫とは言えない状況かもしれない。
呆然としている演奏参加者にマークが事情を説明し、
俺と染谷に告げた。
「レコーディングはもういいから、お前たちは日本に帰れ。
後のことは私に任せろ」
染谷は、力なくうなずいて出ていった。
「悠馬。お前にもいろいろあるだろうが、春から、世界ツアーだ。
それまでに何とかしろ。EXZをやっていけなくなるぞ」
…マークの言葉が重い。
林さんとは毎日連絡を取ってリナの様子を聞いていた。
離婚の手続きを進めるために。
落ち込んだ様子で食欲も気力もなく、気づくとさめざめと泣いている。
と言っていた。
だから、実際に事を進められるのは帰国してからになるだろう、と、
思ってはいたけれど。
手首を切った、って。
俺はそんなにリナを追い詰めたのか?
死にたくなるほど?
底なしの暗い沼にゆっくりと沈んでいくような気分だった。
急遽、ホテルをチェックアウトして、ヒースロー空港に行くと、
染谷とルーカスがいた。
二人とも俺に目を止めたが無言のまま、重く垂れこめた空気が漂っていた。
ともかく、リナの様子を見るのが先だ。
日本に向かう間も、俺たちは言葉もなく、ずっと沈んだままだった。
必要な書類を出来る限り集めてから、
ロンドン行の航空機に乗った。
長いフライトの間に、離婚手続きを進めることを考えた。
泣きわめくリナと焦った様子の染谷。
どこまでも追いかけてくる報道関係者。
世間からの非難。仲間からの信頼。
それでも。
ゆいの声がする。
『…好き』
他に、欲しいものはない。
世界一の屑でいい。
ゆいを迎えに行きたい。
その知らせは、ロンドンに戻って約2週間、
レコーディングが終了しかけた頃、届いた。
動揺した様子の染谷が携帯電話を片手に
「リナが…、リナが…」と言いながら座り込み、マークが電話を替わった。
『リナが手首を切った。
幸いにも命に別状はないが、衰弱していて、緊急入院した』
次の瞬間には、ルーカスから渾身の一撃をくらって、
ドラムセットに頭から突っ込んでいた。
「止めろ、ルーカス!」
押さえつけるシンを振り払って、
「なんで、ユーマ!! なんで、もう少し、リナのこと…!」
ルーカスが声を震わせる。
「俺はお前を許せないけど、自分はもっと許せない…!!」
割れた声がスタジオに響き渡った。
「こんな結末を見たくて、リナをあきらめた訳じゃない!!」
振り絞るような叫び声と共に、ルーカスがスタジオを出て行った。
…痛え。
起き上がってドラムセットを直す。
「大丈夫か、ユーマ?」
シンに頷くが、大丈夫とは言えない状況かもしれない。
呆然としている演奏参加者にマークが事情を説明し、
俺と染谷に告げた。
「レコーディングはもういいから、お前たちは日本に帰れ。
後のことは私に任せろ」
染谷は、力なくうなずいて出ていった。
「悠馬。お前にもいろいろあるだろうが、春から、世界ツアーだ。
それまでに何とかしろ。EXZをやっていけなくなるぞ」
…マークの言葉が重い。
林さんとは毎日連絡を取ってリナの様子を聞いていた。
離婚の手続きを進めるために。
落ち込んだ様子で食欲も気力もなく、気づくとさめざめと泣いている。
と言っていた。
だから、実際に事を進められるのは帰国してからになるだろう、と、
思ってはいたけれど。
手首を切った、って。
俺はそんなにリナを追い詰めたのか?
死にたくなるほど?
底なしの暗い沼にゆっくりと沈んでいくような気分だった。
急遽、ホテルをチェックアウトして、ヒースロー空港に行くと、
染谷とルーカスがいた。
二人とも俺に目を止めたが無言のまま、重く垂れこめた空気が漂っていた。
ともかく、リナの様子を見るのが先だ。
日本に向かう間も、俺たちは言葉もなく、ずっと沈んだままだった。
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