32 / 88
2章. 悠馬
machi.31
しおりを挟む
リナが泣いて俺に縋ってきて、驚いた。
俺の言動に反対することなんてないのに。
リナと揉めていたら、ゆいがどこかに行ってしまいそうで、
気が気じゃなかったけど、リナが折れない。
焦っているうちに、看護師長だという人が現れて、
ゆいを仕事に戻らせてしまった。
その看護師長は、絶対に連絡させると約束した。
けれど。
三澤さんのお見舞いを終えて、
車を運転して、昼飯を食って、
事務所に挨拶に行って、
スタッフと打ち合わせして、…
一向にかかってきやしねえ。
誰に何を言われても、上の空だった。
携帯電話を手離せない。
なんであいつは、いつもかけてこないんだ…!
「ユーマ、メタくそ機嫌悪くねぇ?」
「しー…」
携帯電話をへし折りそうになって、待つのを止め、
ゆいの病院に向かった。
このまま、また会えなくなるなんてごめんだ。
病院敷地の外周にある柵に、目立たないようにもたれる。
ゆいはまだ、この中にいるだろうか。
街が夕闇に溶けて、何人もの人や車が出入りする。
どのくらい待ったのか、ブルーのカブリオレに乗った男の傍らに、ゆいを見つけた。
落ち着いた雰囲気の年上の男は、ゆいの頭に手をやって、
優しく髪をなでる。
眼鏡の奥の眼を細めて、愛おしげにゆいを見る。
声が、出なかった。
一瞬だけ、男と目が合った。
確かに俺を見て、男がまたゆいに触れる。
我がもの顔で。挑発するように。
遠ざかるテールライトを見ながら、俺はそこから動けなかった。
あいつが。
ゆいが選んだ男。
これ見よがしに高級車に乗り、
社会的地位を持ち、
ゆいを支える腕と守る力を持つ。
知性に溢れ、大人の余裕を持つ。
つけいる隙なんて、どこにもなかった。
無意識に、ゆいに触れた唇を噛んでいた。
このまま。
潔くあきらめるべきなんだろう。
3日後にレコーディングでロンドンに行くことになっている。
最低でも1ヶ月は向こうに滞在する。
このまま。
俺が忘れれば終わるんだろう。
その証拠に、着信する気配もない。
あんなに焦がれたゆいに会えたのに、
俺はこの上なく沈んでいて、
「何とかして来いよ」
と見かねたドラムのシンに言われた。
最後に、もう一度だけ、ゆいに会いたい。
…さよならくらい言わせてくれてもいいだろ?
ロンドンに立つ前日、ゆいの病院で待ち伏せた。
はめたことのない結婚指輪をしたのは、頭に焼きついて離れない大人なあいつに対する、ちっぽけな俺の見栄。
辺りがすっかり暗くなってから、病院の建物を出るゆいを見つけた。
そばに、あいつはいない。
一人で、無防備に歩いてくるゆいを車に押し込めて、有無を言わせず連れ去った。
俺の言動に反対することなんてないのに。
リナと揉めていたら、ゆいがどこかに行ってしまいそうで、
気が気じゃなかったけど、リナが折れない。
焦っているうちに、看護師長だという人が現れて、
ゆいを仕事に戻らせてしまった。
その看護師長は、絶対に連絡させると約束した。
けれど。
三澤さんのお見舞いを終えて、
車を運転して、昼飯を食って、
事務所に挨拶に行って、
スタッフと打ち合わせして、…
一向にかかってきやしねえ。
誰に何を言われても、上の空だった。
携帯電話を手離せない。
なんであいつは、いつもかけてこないんだ…!
「ユーマ、メタくそ機嫌悪くねぇ?」
「しー…」
携帯電話をへし折りそうになって、待つのを止め、
ゆいの病院に向かった。
このまま、また会えなくなるなんてごめんだ。
病院敷地の外周にある柵に、目立たないようにもたれる。
ゆいはまだ、この中にいるだろうか。
街が夕闇に溶けて、何人もの人や車が出入りする。
どのくらい待ったのか、ブルーのカブリオレに乗った男の傍らに、ゆいを見つけた。
落ち着いた雰囲気の年上の男は、ゆいの頭に手をやって、
優しく髪をなでる。
眼鏡の奥の眼を細めて、愛おしげにゆいを見る。
声が、出なかった。
一瞬だけ、男と目が合った。
確かに俺を見て、男がまたゆいに触れる。
我がもの顔で。挑発するように。
遠ざかるテールライトを見ながら、俺はそこから動けなかった。
あいつが。
ゆいが選んだ男。
これ見よがしに高級車に乗り、
社会的地位を持ち、
ゆいを支える腕と守る力を持つ。
知性に溢れ、大人の余裕を持つ。
つけいる隙なんて、どこにもなかった。
無意識に、ゆいに触れた唇を噛んでいた。
このまま。
潔くあきらめるべきなんだろう。
3日後にレコーディングでロンドンに行くことになっている。
最低でも1ヶ月は向こうに滞在する。
このまま。
俺が忘れれば終わるんだろう。
その証拠に、着信する気配もない。
あんなに焦がれたゆいに会えたのに、
俺はこの上なく沈んでいて、
「何とかして来いよ」
と見かねたドラムのシンに言われた。
最後に、もう一度だけ、ゆいに会いたい。
…さよならくらい言わせてくれてもいいだろ?
ロンドンに立つ前日、ゆいの病院で待ち伏せた。
はめたことのない結婚指輪をしたのは、頭に焼きついて離れない大人なあいつに対する、ちっぽけな俺の見栄。
辺りがすっかり暗くなってから、病院の建物を出るゆいを見つけた。
そばに、あいつはいない。
一人で、無防備に歩いてくるゆいを車に押し込めて、有無を言わせず連れ去った。
1
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!
ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
白い初夜
NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。
しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる