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2章. 悠馬

machi.30

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どうして。
こんなに一瞬でわかるんだろう。

レコード会社の重役である三澤さんが接触事故に巻き込まれ、けがをして入院したというので、正月早々お見舞いに行くことになった。

花束を抱えて歩くリナは嬉しそうにしている。
…年末の入籍以来、リナはご機嫌だ。

俺は、心に重石をつけられたような、浮かない気持ちでいた。

とっくに気持ちなんて捨てたはずなのに。

前から、病院関係者らしい人が歩いてきて、
その姿が俺を根底から揺さぶる。

ゆい。

一瞬で、胸を掴まれた。

ゆい、だ。

会いたくて。会えなくて。

あの頃と同じように、清らかで。健全で。
ゆいの周りには、柔らかくて優しい光が満ちている。
ゆいだけが、俺を一瞬でつかまえる。

「…ゆい?」

夢か幻で、触れられないんじゃないかと
恐る恐る手を伸ばした。
指が、ゆいを感じた。

途端、弾かれたようにゆいが駆けだした。

「ゆい!待って!」

クソ、何で逃げるんだ。
やっと会えたのに。

非常階段の途中でゆいをつかまえた。

「…見ないで」

何でだよ。
ゆいは俺に会いたくなかったのか?
強引に俺に向き直させる。

つかまえているゆいの細い腕が、愛しい。
夢のようにはかなく消えてしまいそうで、
どこにも行けないように力を込める。

ゆいがいる。俺のすぐ目の前に。
俺のことをとっくに忘れて、
他の誰かを選んだのだとしても、俺は。

「眼鏡が…」

自分の眼鏡姿を気にするゆいが可愛い。
俺に見られたくないって、それはつまり、俺を意識してるってことで。
やべえ、顔が緩む。
眼鏡をかけたゆいは、知的で背徳的で、それはそれでそそられるんだけど。

ゆいがどこまでも俺から顔を背けるから、
無理やり眼鏡を取り上げたら、やっと俺の方を見た。

「ゆい…」

変わらない黒目がちのつぶらな瞳が俺を映す。
涙の膜が張って、最後に抱きしめた時と同じ、きれいな瞳が俺を見る。

何か言おうと、少し開きかけたゆいの小さな唇が
どうしようもなく俺を誘う。
ゆいを確かめたくて、薄く染まった頬に手を伸ばす。
柔らかな手触り。ゆいがいる。
もっと確かめたくて、ゆいを引き寄せて唇に触れた。

ゆいが怖がらないように。
傷つかないように。
そっと。

「ゆ…、ま…」

ゆいの唇が俺を呼ぶ。
それだけで、胸が震える。

ゆいに触れる。頬に、耳に、髪に。
俺はこうしたかったんだと思った。
ゆいと別れてから、ずっと。
ずっと。
迷子になってさまよっていた心が、あるべき場所に帰ってきた。
乾いた地面に水が沁み渡るように、ゆいが俺を満たす。

背後で息を飲む音に続き、物を落とす音が聞こえた。
ゆいを安心させるように、もう一度軽く触れてから、唇を離した。

「ここにいて」

ゆいの手を離せない。
本当は、もう二度とゆいの手を離したくない。
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