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1章. ゆい

machi.22

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「…ゆい、…今、幸せ?」

悠馬の瞳が私を捕らえる。一片の嘘も見逃さないような、心の奥底まで見通すような、私の好きな悠馬の瞳。強くて優しい瞳。今は、怖いくらい澄んだ、悠馬の瞳。

幸せ。

って、言ったつもりだった。

翔がいる。仕事もある。
結城先生が、マリカちゃんが、…支えてくれる人がいる。

幸せ。
って、頷いたつもりだった。

なのに、臆病な喉が、張り付いたみたいに動かなくて、
声が出ない。

目頭が熱くなって、必死で奥歯をかみしめる。

だって、悠馬がいない。
私の現実には悠馬がいない。

悠馬に引き寄せられて、呼吸ごと奪うように口づけられた。

悠馬の熱い舌が私の中に奥深くまで入り込んで、余すところなくなぞられ絡められて、食まれた。

…息が出来ない。

悠馬が私の髪に手を差し入れた時、それが一瞬目の端に映った。

小さいけれど、絶対的な強さを持って、悠馬の指に光る。

結婚指輪。

強く目を閉じた。
見えないものが。
そのまま、消えてしまえばいいのに。

繰り返し繰り返し、悠馬の唇が落ちてくる。
強く優しく深く甘く、悠馬に溶かされる。

なんで、キス…

舌先が痺れて、頭と身体が熱くて、何も考えられなくなって、涙が溢れる。

理性も常識も羞恥も怖さも、何もかもなくなって、世界が悠馬だけになる。


携帯電話の着信音が響いて、現実が戻ってきた。
大げさなくらい身を震わせた私を、悠馬が抱き締める。

「…ほ、…」

「ん?」

悠馬の声が優しくて、悠馬の腕が温かくて、愚かな私は涙声しか出せない。

「ほいく、えんの、…お迎え…」

「…ああ」

悠馬のぬくもりが離れる。

悠馬が車外に出てから携帯電話を見ると、若葉保育園の表示が出ていた。

「…すみません。すぐ行きます」

電話をかけ直している時、外で破壊音がした。
悠馬が何か投げつけたようで、しゃがんで拾っているのが見えた。


若葉保育園まで送ってくれた悠馬は、道の端に車を停めて、しばらくじっとしていた。

「悠馬、…ありがとう」

降りようと腰を浮かしかけると、悠馬が運転席から振り向いた。

「ゆい…」

私に手を伸ばして、一房、撫でてくれた髪の毛が、悠馬の手から滑り落ちる。

「…元気で」

「…うん」

覚えておこうと思った。
悠馬のすべてを焼き付けたい。

悠馬の声。匂い。触れる手の温かさ。
揺れる瞳。甘い吐息。

本当は、言いたいことも聞きたいことも、
…言わなくちゃいけないことも、ある。

だけど…

好き。

最後に悠馬を見て、溢れそうに思うのは、
それだけだった。

現実が2人の間にはっきりと線を引く。

間違いでも勘違いでもなく、
未来へとつながる道が別々の方向に伸びて、

…見えなくなった。
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