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1章. ゆい

machi.17

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「ゆい、待って!」

非常階段の途中で、悠馬に後ろから腕を掴まれ、強引に向き直される。
反射的に顔を背けると、悠馬が至近距離で覗き込んでくる。

「…見ないで」

「なんで?」

「だって、…」

「なに?」

「め、眼鏡が…」

「眼鏡?」

あっけにとられたように悠馬が立ち尽くしているのが、目の端に映る。
私は度の強い眼鏡をかけている時の自分の顔が嫌いだ。普段はコンタクトレンズだけど、最近眼の調子が悪いし、在庫切れだし、…

だからと言って、なぜ今、悠馬に眼鏡の話なんか。

「…ゆい?」

悠馬がさらに近づく。
だから、見ないでって!

ぎりぎりまで顔を背けている私の視界の角で、悠馬が意地悪な笑みを浮かべた気がする。

「じゃ、取ろうか?」

言うなり悠馬は私の眼鏡を取り上げる。

「や、…っ!」

取られた方を見たら、ばっちり悠馬と目が合った。

「ゆい…」

悠馬の瞳に囚われる。
見たら、ダメ。
見たら…、動けないよ。

悠馬が、切なそうな顔をして、そっと手を伸ばしたかと思うと、
指先が頬に触れて、少し屈んだ悠馬の唇が、唇に触れた。

「ゆ…、ま…」

動けない。

悠馬の唇を感じる。手が頬をなでる。
背中に回された腕で、引き寄せられる。

悠馬の腕に包まれる。悠馬の吐息を感じる。
悠馬の胸に押し付けられる。
服越しに、悠馬の体温を感じる。

信じられない。
悠馬が私を、抱きしめて―――…

ぼすんという鈍い音に我に返ると、震える女の人の声がした。

「…ゆう、ま…」

悠馬は優しく触れていた唇を離すと、至近距離のまま、
私の目をまっすぐに見つめて言った。

「ゆい」

悠馬の目を見つめ返す。きれいな目。濃いブラウンの澄んだ瞳。

「…ここにいて」

悠馬は私の手を取ると、隠すように私の前に立ち、女の人に向き直った。

「先に三澤さんの病室、行ってて」

悠馬と対峙する女の人は動かず、

「…悠馬?…嫌。あたし、やだよ?」

涙声が聞こえた。

「リナ。ちゃんと話す。あとから行くから。な?」

「…嫌、…嫌!…絶対、嫌っ!」

宥めるように悠馬が話しても、納得できないとばかりに激しく泣き叫ぶ声が聞こえ、

「あたし、絶対悠馬から離れないから!!」

悠馬の背に阻まれてはっきりと姿を見れなかった女の人が、駆け寄って悠馬にしがみついたのがわかった。

「リナ。…少しだけ、時間くれないか。頼む。どうしても、…」

片手で私の手をつかんだまま、片手をリナさんの背に添える。

…バケツと雑巾を置いてきてしまった。
勤務中に、何してるんだろう。早く戻って、作業を続けなくちゃ。

頭の中で冷静な自分が至極当然のことを囁く。

だけど、つながれた悠馬の手が大きくて温かくて力強くて、

…振りほどくことができなかった。
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