マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

1章. ゆい

machi.16

病院の仕事は、正月と言えど、もちろんあり、
翔を保育ママさんに預けて出勤した。

「じゃあな、ゆい。今日は日勤だから、帰りも一緒だな」

外科病棟に向かう結城先生に手を振る。

クリスマスの夜から、先生はずっと家に泊まってくれている。

ずっと夜、抱き締めて寝てくれる。

外来がお休みだから、院内に人は少ないものの、作業チームは私1人だから、それはそれで忙しい。

ゴム手袋とバケツ、雑巾をもってトイレ掃除に回っている時。

廊下の対面から見舞客らしい花束を持った、一組の男女が歩いてきた。

見るともなく、視界にその姿を捉えた。
瞬間。

目が、脳が、確認していた。

桜井悠馬。

間違いない。
相変わらず、彼は光の中に居て。
すらりと長い脚も精悍な顔つきも光を受けて輝く髪も、
黒く澄んで心まで射抜く強い瞳も。

「…ゆい？」

魅惑のハスキーボイスが、私から意志を奪う。

「ゆい、だろ？」

だから、その声がダメなんだって。
急いで、知らないふりをして、離れようとしたのに。

彼が変わらず輝いていて、隣に女の人がいるところなんか、絶対見たくなかったのに。

「ゆい…」

馬鹿みたいに惚けて動けない私の腕に、悠馬が軽く触れる。
その瞬間やっと、呪縛が解けた。

「…、っ」

悠馬の横をすり抜けて、急いで廊下を走る。

廊下を走ってはいけない、という決まりを
覚えていたけど守れなかった。

…苦しい。

「ゆいっ！」

悠馬の声は、もう聞こえない。

私はもう、あの頃とは違う。
もともと平凡で何の魅力もなかったけど、それでも違う。

目は腫れて血走って、顔はすっぴんで肌は荒れ果てて。
髪はボサボサで伸び放題なのを適当にひっつめて。
荒れてガサガサの手。ささくれだった指。痛んだ爪。

私は、子育てに疲れた母親そのもので。

悠馬の隣に寄り添うように立ってた、女の人とは、何もかも違う。
若くて、スタイルが良くて、ふわふわしたスカートで、
飴色に煌めく長い髪、整った小さな顔。
丁寧に施された化粧。バラ色の頬。艶やかな唇。

光の中に立つ悠馬にふさわしい人。