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13章.銀の龍 瑠璃色の姫君を愛でる

01.

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心地よい風が頬をくすぐる。
瞼の裏に明るい光が映る。爽やかな新緑の匂いがする。

目を開けると、銀色の柔らかい光に包まれていた。

「―――…ラズ」

優しい声。甘い声。心をくすぐる愛しい声。
ジョシュアの銀髪が陽の光を受けて輝く。慈しみに満ちた美しい虹色の瞳が、俺を映して揺れている。

「…ジョシュア」

ジョシュアの向こうに木立が広がり、日差しが漏れ注いでいた。足元には小さな緑が芽吹き、俺は腰を下ろしたジョシュアの膝に抱かれていた。

視線を彷徨わせると、湖畔にいるらしく、すぐ隣に広大な湖が広がっているのが見えた。黄金の水を湛えた。神秘の泉。風に揺らめく金のさざ波。

「…エイトリアン」

湖にエイトリアンの色が広がっていた。
金髪で夢見るように美しいエイトリアン。金の龍。金獅子。金の角と純白の翼をもつ一角獣。エイトリアンは俺をかばって消えた。美しい金色の粒子に弾けて姿を消した。

「うん、…」

ジョシュアが俺を抱きしめる腕に力を込めた。

堪え切れない涙が溢れる。
ただ。もう。悲しみだけが胸に満ちる。泣いても喚いても取り戻せない。あの時のあの場所に戻ってもう一度やり直せたらと切に願う。

『行け。ラズリ』

なんで、エイト。俺のことなんて、…
何を置いてもエイトリアンのそばを離れるんじゃなかった。

ジョシュアが金色に染まった俺の衣をそっと撫でた。エイトリアンが俺を守ってくれた証。次々と零れ落ちる涙をそのままにジョシュアを見上げると、その柔らかい唇がそっと涙に触れた。ジョシュアの悲しみが沁み込んで、心が割れそうだった。

「ごめん。俺、…の、せいだ」

震える声で懺悔する。目を落とすと胸元に差し込まれた一輪の瑠璃色が見えた。イキナセナバナを持ち帰ることには成功した。でも、それと引き換えに、失くしたものが大きすぎる。俺が伝説のラピスラズリなら、大切な人を守る力が欲しかった。

「エイトリアンは人間を嫌っていたけれど、本当に許せなかったのは、母親を殺した人間じゃなくて、母親を救えなかった自分なんだ」

ジョシュアの声が静かに沁みる。俺を映すジョシュアの瞳がエイトリアンのそれに重なった。美しい虹色の瞳。宇宙に浮かぶ地球のような、七色のアースアイ。

「お前を救えて、自分も救われたと思う」

虹色の瞳に、湖の金色が反射して煌めいた。

尊大で横暴で皮肉屋で、優しいエイトリアン。人間が嫌いと言いながら、いつも俺に力をくれた。

唇を噛みしめる。

もう、会えないのかな。
えらそうに唇をゆがめて、ラズリ、って、もう俺を呼んでくれないのか。

「…ジェームズ王の魂ともども、宮殿も洞窟も何もかもこの黄金の湖の底に沈みましたじゃ」

草を分ける僅かな足音がして、白い髭を蓄えた丸眼鏡のヤギ獣人が姿を現し、地面に跪いた。トーニ爺さんの長い髭の上には幾筋も涙の跡が続いている。

「代わりに黄金の水が荒廃した大地を潤しました。闇は晴れ、隆起した岩と砂塵だらけの何もない暗い荒野に、生命の息吹が蘇りましたじゃ」

そうか。
あまりにも違う風景に思い至らなかったけれど、ここはあの茫々と薄暗く、息苦しく、生き物の気配が全くなかったイキナ国の跡地なのか。
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