77 / 114
10章.犯人の濡れ衣を着せられる
04.
しおりを挟む
見られてる、…
視線を彷徨わせても、無言の圧力がじっと首筋辺りに注がれているのを感じる。そこには、
『…他の誰にも付けて欲しくないんだろ?』
まだ生々しい噛み痕が光る。意地悪なジョシュアが調子に乗って、さっき付けたばかりの真新しい噛み痕。分かりやすい所有の証として。情交の跡として。今なお、色濃く残っている。
『陛下の噛み痕って、至上の恍惚ですよね』
あんなこと言われた後にこれを見られるって、…気まずさが半端ない。
「…ついて来るな」
職務に忠実なネメシス女史が、ジョシュアの後ろを静かに付き従って歩くと、ジョシュアが短く言い放った。俺が嫉妬したせいかも、と思うとますます居心地が悪い。
「でも、わたくしは、…っ」
「…無粋だな?」
これ見よがしにジョシュアが俺の髪に唇を寄せ、ネメシス女史の気配が凍った。おいこら、ジョシュア。なんつーことを、…
罪悪感で胃がキリキリする。もう絶対ネメシス女史の方を向けない。
ネメシス女史はジョシュアに、深い愛情を抱いている。
幼いころから一緒にいて、ありとあらゆる努力をして、生涯をジョシュアに捧げるほどに。なのに、にわかのポッと出(…まあ、生まれ変わりを考慮するならにわかとも言えないかもしれないけど)に横入りされたら、心中穏やかでいられるわけがない。
だから。
俺に噛み痕のことを囁きかけてきたんだろう。ジョシュアのことが好きで、黙って見ていられなくなったんだろう。
「じゃあな」
ジョシュアは、ネメシスさんの気持ちを知ってるんだかいないんだか、淡々と告げて足を速めた。
「…、おやすみなさいませ」
ネメシス女史の凛とした声が、夜気に紛れて小さく震えた。
「…ジョシュ」
吐息のような囁きは、ジョシュアにも届いたと思うけれど、ジョシュアは振り返らず、足を緩めることもなかった。
…知ってんのか。
憧憬と哀愁に満ちたあの呼び方で、気づかないわけがない。恋に無縁の人生を送ってきた俺にだって分かる。でも、ジョシュアは応えない。応えられない。何もかも分かったうえでそばに置いていて、彼女も分かったうえでそばにいる。
「お前さあ、…」
胸が痛い。痛くて口を開きかけたけど、何を言っていいのか分からない。
リア充カップルを見て、爆ぜろとか禿げろとか思ってきたけど、恋がこんなに痛いなんて知らなかった。
「…どうした?」
でも。
痛いけど、手放せない。どんなに痛くても、誰にも譲れない。
何も言えずに目を上げると、ジョシュアは愛しさだけを浮かべた瞳で俺を見つめて、優しくキスした。
もしかしたら、ネメシス女史が見ていたかもしれない。
それでもジョシュアは、一片の迷いもない。誓いのような尊いキス。
「…好きだ」
結局。言葉に出来たのはそれだけだった。
生まれて初めて、運命に感謝した。
何よりも大事で何に変えても守りたい、自分の命よりも遥かに大切なこの人が、自分を見つけてくれたなんて、奇跡だ。
視線を彷徨わせても、無言の圧力がじっと首筋辺りに注がれているのを感じる。そこには、
『…他の誰にも付けて欲しくないんだろ?』
まだ生々しい噛み痕が光る。意地悪なジョシュアが調子に乗って、さっき付けたばかりの真新しい噛み痕。分かりやすい所有の証として。情交の跡として。今なお、色濃く残っている。
『陛下の噛み痕って、至上の恍惚ですよね』
あんなこと言われた後にこれを見られるって、…気まずさが半端ない。
「…ついて来るな」
職務に忠実なネメシス女史が、ジョシュアの後ろを静かに付き従って歩くと、ジョシュアが短く言い放った。俺が嫉妬したせいかも、と思うとますます居心地が悪い。
「でも、わたくしは、…っ」
「…無粋だな?」
これ見よがしにジョシュアが俺の髪に唇を寄せ、ネメシス女史の気配が凍った。おいこら、ジョシュア。なんつーことを、…
罪悪感で胃がキリキリする。もう絶対ネメシス女史の方を向けない。
ネメシス女史はジョシュアに、深い愛情を抱いている。
幼いころから一緒にいて、ありとあらゆる努力をして、生涯をジョシュアに捧げるほどに。なのに、にわかのポッと出(…まあ、生まれ変わりを考慮するならにわかとも言えないかもしれないけど)に横入りされたら、心中穏やかでいられるわけがない。
だから。
俺に噛み痕のことを囁きかけてきたんだろう。ジョシュアのことが好きで、黙って見ていられなくなったんだろう。
「じゃあな」
ジョシュアは、ネメシスさんの気持ちを知ってるんだかいないんだか、淡々と告げて足を速めた。
「…、おやすみなさいませ」
ネメシス女史の凛とした声が、夜気に紛れて小さく震えた。
「…ジョシュ」
吐息のような囁きは、ジョシュアにも届いたと思うけれど、ジョシュアは振り返らず、足を緩めることもなかった。
…知ってんのか。
憧憬と哀愁に満ちたあの呼び方で、気づかないわけがない。恋に無縁の人生を送ってきた俺にだって分かる。でも、ジョシュアは応えない。応えられない。何もかも分かったうえでそばに置いていて、彼女も分かったうえでそばにいる。
「お前さあ、…」
胸が痛い。痛くて口を開きかけたけど、何を言っていいのか分からない。
リア充カップルを見て、爆ぜろとか禿げろとか思ってきたけど、恋がこんなに痛いなんて知らなかった。
「…どうした?」
でも。
痛いけど、手放せない。どんなに痛くても、誰にも譲れない。
何も言えずに目を上げると、ジョシュアは愛しさだけを浮かべた瞳で俺を見つめて、優しくキスした。
もしかしたら、ネメシス女史が見ていたかもしれない。
それでもジョシュアは、一片の迷いもない。誓いのような尊いキス。
「…好きだ」
結局。言葉に出来たのはそれだけだった。
生まれて初めて、運命に感謝した。
何よりも大事で何に変えても守りたい、自分の命よりも遥かに大切なこの人が、自分を見つけてくれたなんて、奇跡だ。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる