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10章.犯人の濡れ衣を着せられる

04.

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見られてる、…

視線を彷徨わせても、無言の圧力がじっと首筋辺りに注がれているのを感じる。そこには、

『…他の誰にも付けて欲しくないんだろ?』

まだ生々しい噛み痕が光る。意地悪なジョシュアが調子に乗って、さっき付けたばかりの真新しい噛み痕。分かりやすい所有の証として。情交の跡として。今なお、色濃く残っている。

『陛下の噛み痕って、至上の恍惚ですよね』

あんなこと言われた後にこれを見られるって、…気まずさが半端ない。

「…ついて来るな」

職務に忠実なネメシス女史が、ジョシュアの後ろを静かに付き従って歩くと、ジョシュアが短く言い放った。俺が嫉妬したせいかも、と思うとますます居心地が悪い。

「でも、わたくしは、…っ」
「…無粋だな?」

これ見よがしにジョシュアが俺の髪に唇を寄せ、ネメシス女史の気配が凍った。おいこら、ジョシュア。なんつーことを、…

罪悪感で胃がキリキリする。もう絶対ネメシス女史の方を向けない。

ネメシス女史はジョシュアに、深い愛情を抱いている。

幼いころから一緒にいて、ありとあらゆる努力をして、生涯をジョシュアに捧げるほどに。なのに、にわかのポッと出(…まあ、生まれ変わりを考慮するならにわかとも言えないかもしれないけど)に横入りされたら、心中穏やかでいられるわけがない。

だから。
俺に噛み痕のことを囁きかけてきたんだろう。ジョシュアのことが好きで、黙って見ていられなくなったんだろう。

「じゃあな」

ジョシュアは、ネメシスさんの気持ちを知ってるんだかいないんだか、淡々と告げて足を速めた。

「…、おやすみなさいませ」

ネメシス女史の凛とした声が、夜気に紛れて小さく震えた。

「…ジョシュ」

吐息のような囁きは、ジョシュアにも届いたと思うけれど、ジョシュアは振り返らず、足を緩めることもなかった。

…知ってんのか。

憧憬と哀愁に満ちたあの呼び方で、気づかないわけがない。恋に無縁の人生を送ってきた俺にだって分かる。でも、ジョシュアは応えない。応えられない。何もかも分かったうえでそばに置いていて、彼女も分かったうえでそばにいる。

「お前さあ、…」

胸が痛い。痛くて口を開きかけたけど、何を言っていいのか分からない。

リア充カップルを見て、爆ぜろとか禿げろとか思ってきたけど、恋がこんなに痛いなんて知らなかった。

「…どうした?」

でも。
痛いけど、手放せない。どんなに痛くても、誰にも譲れない。

何も言えずに目を上げると、ジョシュアは愛しさだけを浮かべた瞳で俺を見つめて、優しくキスした。

もしかしたら、ネメシス女史が見ていたかもしれない。
それでもジョシュアは、一片の迷いもない。誓いのような尊いキス。

「…好きだ」

結局。言葉に出来たのはそれだけだった。
生まれて初めて、運命に感謝した。

何よりも大事で何に変えても守りたい、自分の命よりも遥かに大切なこの人が、自分を見つけてくれたなんて、奇跡だ。
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