上 下
56 / 114
7章.愛息子に甘やかされる

08.

しおりを挟む
「…俺は、別に、気にしてないからな」

結局俺は、柊羽に甘い。
ジョシュアの耳元に囁きかけると、ジョシュアはにこやかに微笑んで俺の髪に口づけた。それだけで暗く沈んだ胃に光が差し調子が戻る。これが惚れた弱みというやつか。

「ジョシュア様ぁ~~~、寛大なお言葉ありがとうございますっ‼ ソフィアはこれからも親しくお付き合いしとうございますっ」

余韻に浸る間もなく、秒で立ち直ったソフィア嬢の体当たりが飛んできた。とっさにジョシュアが避けてくれたからよかったものの、その勢いでジョシュアを頭突きしてしまうところだった。

「あぶな、…」

振り向くと、ソフィア嬢の毒々しい笑顔が待っていた。
すげえ。目が燃えてる。もともとのソフィアは茶色の瞳であるらしいが、内に秘めた闘志が凄すぎて赤く見える。お前には負けない、って確かにそう書いてある。

ここまで来ると、もはや感心するしかない。
厚顔無恥。憎まれっ子世に憚る。鋼の精神。不屈の闘志。
多分。俺にはこの強さが足りない。

「ソフィア、ダメだよ。君には僕という相思相愛の婚約者がいるんだから」

言葉も出ない俺の前に、遅まきながらという感じで、タラコ王子が登場した。暴走するソフィアを取り押さえるのに白羽の矢が立ったらしい。

「ちょっと、あんた誰よ。触らないで」
「あんなに熱い夜を過ごしておいて、ひどいな。何なら今から再現しようか」
「冗談でしょ? あたしは、顔が良い男にしか興味ないの」
「だったら僕は最高じゃないかっ」
「ちょっと、どなたか、この人つまみ出して下さる?」
「さあ行こう。僕とめくるめく愛の世界へ」

ソフィアとタラコは、息ぴったりの三文芝居を演じている間に、無事獣人兵の手に渡り、連れ戻された。

「…姫さま。人間って思いこみが激しいんですのね」

が、獣人社会における人間像は大いに損なわれた。あの二人で人間を一括りに語るのはやめて欲しい。

「ところで、復興は人間にも協力してもらおう。せっかく結婚披露パーティーに招待したんだ、それまで滞在してもらおう」

ジョシュアが大鷹獣人に声をかけた。人間はどうするか、という問いに対する答えだ。

「し、…しかし、奴らは陛下に銃を向けたのですよ?」
「だが俺は無事だったし、炎で焼かれて武器ももう使い物にならないだろう。いがみ合っているだけでは理解はできない。ともに取り組むことで見えることもあるだろう」
「…はあ」

大鷹獣人は不承不承という感じで引き下がり、獣人兵士たちに指揮を執って人間の拘束を解くと、復興のための任務を指示し始めた。

「…ラズ。俺は街に行ってくるから、お前は傷ついた者たちを癒してくれないか」
「…うん」

ジョシュアが獣人王の顔になって、俺を地面に降ろした。

「後は頼むぞ、タミル」
「「「お任せ下さい、ジョシュア様」」」

ジョシュアは華麗に銀獅子シルバーライオンに姿を変えると、兵士たちと合流してすぐにも出かけてしまいそうだった。

「…ジョシュア」

その後ろ姿に。銀の糸雨のように神々しい毛並みに声をかける。

「気を付けて」

もうジョシュアは俺より格段に大きくて強くて優れているのに、離れる時はどうしてか心細くなる。どうか。この赦しの心を持つ誇り高くて優しい王が誰にも傷つけられませんように。

ジョシュアは獰猛な獣の姿のまま振り返り、

「うん。行ってくる」

鋭い爪の生えた手で軽く俺を抱き上げると、俺の顔に優しく鼻をこすりつけ、舌先で唇を舐めた。くすぐったくて、愛しくて、少しだけ胸が締め付けられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

処理中です...