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「あの時の魔物の子…………?」
「ああ。そうだ。正確に魔物じゃなくて弱体化して子供の姿になってたんだけどな。あん時からずっとあんたのこと探してたんだ」
あの日から悪魔はずっと、あの時の子供を探しつづけていた。
そして目の前にいる少女は、あの時自分を助けた子供だ。
あの時と多少感じが変わっているが流れる血の匂いは変わらない。
「俺はあんたに命を救われた。悪魔は薄情で屑な生き物だが恩に報いる気概くらい持ち合わせてる」
悪魔が片膝をつき少女の右の手を取る。
「あんたを俺の主だと定め、命ある限り裏切らず忠誠を誓う」
「ちゅうせい…………」
聞いたことのない言葉に少女が首を傾げる。
「あー、あれだ、めちゃくちゃ大事にするってこと」
これ本気で悪魔に誓わせた人間って主が初だと思うぜ。マジでレアと悪魔は犬歯を出して笑う。
「魂とるのに、大事にするの?」
「いやいや取らねぇから。あんたの魂は取らない。まあ食ったら美味そうではあるが、主と認めたやつのまで食うほど見境なくねぇよ」
と拗ねたように唇を尖らせる。
「でも…………」
「でもなんだ? あ、悪魔が忠誠とかウケるーって感じか?」
「うける…………?あの 違う、そうじゃなくて…………」
久々に言葉を紡ぐので上手く言葉が出てこない。
誰かとまともに会話らしい会話を交わすのは何年ぶりだろうか。
「焦んな。ゆっくりで良いぞ」
悪魔の言葉に少女は頷くと言葉を続ける。
「なら私、何にもない…………家もない。お金もない。誰もいない、わ」
何も持っていない。
忠誠を誓われるーーーー大事にしてもらえるものを何一つ持ってない。
「あなたにあげられもの、何もない」
「何もいらねぇよ」
悪魔が少女の右手の甲に口づける。
「俺が好きで従うだけだ、見返りはいらねぇよ。あんたが生きててくれればそれでいい」
その言葉に少女の青い目が大きく見開かれる。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
親戚には親と一緒に死ねばよかったのにと言われてきた。
ここの家に来てからは生贄として死ぬのだと教えられた。
自分自身ですら早く死にたいと思っていた。
だってそれしか救われる方法がわからなかったから。
助けてと手を伸ばしても伸ばし返す手はなく。
泣いても誰も来てはくれない。
止めてと叫んでも痛みは止まず。
いつしか全てを諦めた。
「…………生きててもいいの?」
「あ? 当たり前だろ。悪魔の俺だって生きてんだから、主が生きてちゃいけない理由は見当たらねぇよ」
生きててもいい…………。
死ななくてもいい…………。
「…………もう殴られない?」
「ああ。危害を加えてくるやつ全員殺してやる」
「…………外に出ても、水かけられない?」
「ないない。あんたの行きたいとこ何処でもいけばいい」
「あなたは…………私を置いていかない…………?」
それは願いにも似た質問だった。
「…………ああ。あんたより先には死なないさ。何せ俺は悪魔だからな」
悪魔はそう言ってにぱっと笑うと、少女をひょいっと抱き上げた。
「さてと。いつまでもこんなとこにいてもしょうがねぇ」
自分を抱えたまま歩きだした悪魔に少女は問い掛ける。
「何処にいくの?」
「んー。主は何処に行きたい?」
「…………わからない」
両親が生きていた頃は、行きたい場所もあったのかもしれないが今ではもう思い出せない。
「あー、そういやさ。俺主に名前教えてなかったよな?」
俯いてしまった少女に気を使ったのか、悪魔がそんなことを言う。
「俺はルード」
「ルード?」
「そ。我が主のお名前は?」
「…………エンジュ」
「エンジュ…………天使とはなんとも悪魔が呼びにくい名前だなぁ」
「…………だめだった?」
「いんにゃちっとも。あんたに似合いの名前だよ」
それに悪魔が天使を呼ぶっつーのも、それはそれで背徳的でいいと言っていたが、少女ーーーーエンジュには理解の及ばない話だった。
ルードが扉を蹴って古ぼけた扉が開くと、外は夜になっていた。
「見てみろ主。今日は満月だぜ」
「満月…………?」
悪魔の視線の先を追うと、闇夜に浮かぶ大きな月が見えた。
欠けたところのない金色に輝く真ん丸。
「綺麗…………」
「だな。でっかくていい月だ」
嬉しそうにルードが笑う。
その顔を見て、エンジュは「あっ」と小さく声も漏らした。
「ん? なんか見つけたのか?」
「ルードの目、月と一緒なのね。綺麗な黄金。きらきらしてとても綺麗ね」
そう言ってルードに見せた顔は、
「…………っ」
ルードの目が満月と同じように真ん丸になる。
「…………どうしたの?」
「…………いや。なんでもねぇよ」
言ってエンジュの髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。
やっぱり加減が下手なのか少し痛い。
(…………なんだ。笑えるじゃねぇか)
ルードはそう胸中で呟き、ふと次の行き先を思いついた。
「そうだ主。海に行こうぜ海」
「海?」
ぐしゃぐしゃにされた髪を押さえながらエンジュが首を傾げる。
「そ。見たことあるか?」
「ない。絵本でしか、見たことないわ」
「俺も一回しか見たことねぇんだけど、すげぇデカいんだ。あんなの魔界にもねぇよ」
「海…………見てみたい」
「よっしゃ。じゃあ決まりだな」
空には悪魔の瞳と同じ金色の満月。
月明かりが二人の道を優しく照らしていた。
「ああ。そうだ。正確に魔物じゃなくて弱体化して子供の姿になってたんだけどな。あん時からずっとあんたのこと探してたんだ」
あの日から悪魔はずっと、あの時の子供を探しつづけていた。
そして目の前にいる少女は、あの時自分を助けた子供だ。
あの時と多少感じが変わっているが流れる血の匂いは変わらない。
「俺はあんたに命を救われた。悪魔は薄情で屑な生き物だが恩に報いる気概くらい持ち合わせてる」
悪魔が片膝をつき少女の右の手を取る。
「あんたを俺の主だと定め、命ある限り裏切らず忠誠を誓う」
「ちゅうせい…………」
聞いたことのない言葉に少女が首を傾げる。
「あー、あれだ、めちゃくちゃ大事にするってこと」
これ本気で悪魔に誓わせた人間って主が初だと思うぜ。マジでレアと悪魔は犬歯を出して笑う。
「魂とるのに、大事にするの?」
「いやいや取らねぇから。あんたの魂は取らない。まあ食ったら美味そうではあるが、主と認めたやつのまで食うほど見境なくねぇよ」
と拗ねたように唇を尖らせる。
「でも…………」
「でもなんだ? あ、悪魔が忠誠とかウケるーって感じか?」
「うける…………?あの 違う、そうじゃなくて…………」
久々に言葉を紡ぐので上手く言葉が出てこない。
誰かとまともに会話らしい会話を交わすのは何年ぶりだろうか。
「焦んな。ゆっくりで良いぞ」
悪魔の言葉に少女は頷くと言葉を続ける。
「なら私、何にもない…………家もない。お金もない。誰もいない、わ」
何も持っていない。
忠誠を誓われるーーーー大事にしてもらえるものを何一つ持ってない。
「あなたにあげられもの、何もない」
「何もいらねぇよ」
悪魔が少女の右手の甲に口づける。
「俺が好きで従うだけだ、見返りはいらねぇよ。あんたが生きててくれればそれでいい」
その言葉に少女の青い目が大きく見開かれる。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
親戚には親と一緒に死ねばよかったのにと言われてきた。
ここの家に来てからは生贄として死ぬのだと教えられた。
自分自身ですら早く死にたいと思っていた。
だってそれしか救われる方法がわからなかったから。
助けてと手を伸ばしても伸ばし返す手はなく。
泣いても誰も来てはくれない。
止めてと叫んでも痛みは止まず。
いつしか全てを諦めた。
「…………生きててもいいの?」
「あ? 当たり前だろ。悪魔の俺だって生きてんだから、主が生きてちゃいけない理由は見当たらねぇよ」
生きててもいい…………。
死ななくてもいい…………。
「…………もう殴られない?」
「ああ。危害を加えてくるやつ全員殺してやる」
「…………外に出ても、水かけられない?」
「ないない。あんたの行きたいとこ何処でもいけばいい」
「あなたは…………私を置いていかない…………?」
それは願いにも似た質問だった。
「…………ああ。あんたより先には死なないさ。何せ俺は悪魔だからな」
悪魔はそう言ってにぱっと笑うと、少女をひょいっと抱き上げた。
「さてと。いつまでもこんなとこにいてもしょうがねぇ」
自分を抱えたまま歩きだした悪魔に少女は問い掛ける。
「何処にいくの?」
「んー。主は何処に行きたい?」
「…………わからない」
両親が生きていた頃は、行きたい場所もあったのかもしれないが今ではもう思い出せない。
「あー、そういやさ。俺主に名前教えてなかったよな?」
俯いてしまった少女に気を使ったのか、悪魔がそんなことを言う。
「俺はルード」
「ルード?」
「そ。我が主のお名前は?」
「…………エンジュ」
「エンジュ…………天使とはなんとも悪魔が呼びにくい名前だなぁ」
「…………だめだった?」
「いんにゃちっとも。あんたに似合いの名前だよ」
それに悪魔が天使を呼ぶっつーのも、それはそれで背徳的でいいと言っていたが、少女ーーーーエンジュには理解の及ばない話だった。
ルードが扉を蹴って古ぼけた扉が開くと、外は夜になっていた。
「見てみろ主。今日は満月だぜ」
「満月…………?」
悪魔の視線の先を追うと、闇夜に浮かぶ大きな月が見えた。
欠けたところのない金色に輝く真ん丸。
「綺麗…………」
「だな。でっかくていい月だ」
嬉しそうにルードが笑う。
その顔を見て、エンジュは「あっ」と小さく声も漏らした。
「ん? なんか見つけたのか?」
「ルードの目、月と一緒なのね。綺麗な黄金。きらきらしてとても綺麗ね」
そう言ってルードに見せた顔は、
「…………っ」
ルードの目が満月と同じように真ん丸になる。
「…………どうしたの?」
「…………いや。なんでもねぇよ」
言ってエンジュの髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。
やっぱり加減が下手なのか少し痛い。
(…………なんだ。笑えるじゃねぇか)
ルードはそう胸中で呟き、ふと次の行き先を思いついた。
「そうだ主。海に行こうぜ海」
「海?」
ぐしゃぐしゃにされた髪を押さえながらエンジュが首を傾げる。
「そ。見たことあるか?」
「ない。絵本でしか、見たことないわ」
「俺も一回しか見たことねぇんだけど、すげぇデカいんだ。あんなの魔界にもねぇよ」
「海…………見てみたい」
「よっしゃ。じゃあ決まりだな」
空には悪魔の瞳と同じ金色の満月。
月明かりが二人の道を優しく照らしていた。
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