今宵、月と悪魔に微笑みを

柳の下 どじょう

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「…………やっと行ったわね」


子供は体を起こすと悪魔の方を見る。


「連れてきてごめんね。あのままあそこにいたら私の代わりに石投げられてたし…………ってあなたもしかして魔物の子?」


逃げることに必死でそれどころではなかったのか、子供は悪魔の姿を見て驚いた。


「角が生えた動物だと思ってたんだけど…………」


今の悪魔の姿は、背中に羽を生やしくるくるとした羊の角が生えた子犬だ。
一見すれば魔物の幼体と変わらない。
瞳の金色だけが悪魔であることを物語っているが、この子供はそのことは知らないらしい。


「あんたもイジメられたの? ひどい傷…………どうしよう薬なんて持ってないし」


子供が悪魔の背中を撫でる。
痛いに決まってるがそれに答える余裕はない。
本格的に限界が近くなってきたのだ。


「体冷たくなってきてる…………どうしたらっ」


霞み出した視界の端に焦る子供の顔が映る。


(どうしたらも何も悪魔なんぞ放っておけばいいだろうが…………)


人間にとって魔物も悪魔も厄介者だ。
敵だと言っても良い。
人の負の感情を糧に生き、血や魂で快楽を得る。
正しき道から堕落に導く悪しき者。
喜ばれはすれども、死を哀しまれることなどない。


(やっぱろくでもねぇな…………)


霞んでいた視界がいよいよ見えなくなってきた時、ぐっと口の中に何かが入り込んできた。

反射で吐き出そうにも力は入らず、舌が異物に触れた。


(…………っ!?)


血の味だった。
何故と考える余裕はなかった。
考えるよりも本能が勝り、無我夢中で牙をそれに立て血を啜る。

血が喉を通っていくにつれ、体中に力が巡り出す。
体の細胞が急激に活性化していくのがわかった。



腹が満たされ悪魔が我に返ると、子供がこちらをにこにこしながら眺めていた。


「あ、落ち着いた? 魔物は人の血で傷が治るって聞いてたけど本当の話でよかった」


そう言って悪魔の背を撫でた。
それが妙に心地好くて悪魔はその目を閉じた。


「眠いの? 魔物も眠くなるんだ」


(魔物じゃなくて悪魔だけどな…………)


そう思ったが、迫りくる睡魔が思考を奪いうなり声すらでなかった。
悪魔の体が小さく上下するのを見て、子供は嬉しそうにその背を一撫でする。


「…………おやすみ。あんたはみんなと仲良くやれるといいね」


小さく呟かれた声は悪魔の耳には届かなかった。



悪魔が目を覚ますと子供はもう見当たらなかった。


(腹一杯になって寝るとか子供か俺は)


自分にあきれながらも固まった体を伸ばすともう痛みはなかった。
血を啜ったお陰で大方傷は治ったらしい。
呪いは解けてはいないが、これに関しては一度魔界に帰らないとどうにもならないので仕方がない。
とりあえず傷さえ治れば魔界へ繋がる門まで行けばいいので問題はないが。


それよりも。


(あいつ…………何も言わずに行きやがった)


自分に血を与えた子供。
自身も傷だらけだったのに、他人の、それも悪魔の怪我を心配していた。


(加減せず飲んじまった…………)


意識を失う寸前に見た子供の顔は、笑っていたが顔が少し青くなっていた。おそらく軽い貧血寸前だったはずだ。


(自分が辛えのに俺の傷が治ってよかったなんて…………馬鹿な子供ガキ


ぐるるると低く唸る。
もやもやする。
同時にぽかぽかもする。
気持ち悪いようで気持ち悪くもないそれ。
目を瞑りながら唸りつづけることしばし。


(…………仕方がねえかァ)


そう胸中で呟き立ち上がり、口を吊り上げる。


(めんどくせえが、受けた恩は返さねぇといけねぇよなァ)







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