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音を聞かないようにするのは得意だった
悪意ある言葉も、怒鳴る声も、殴られる音も。
聞こえないようにしていれば、痛みを感じずにすんだ。
体に傷が増えても、心はこれ以上傷つけられずにすんだ。


頭の中に音を流す。
歌詞はない。
まだ両親が生きていた頃に教えてもらった歌の歌詞は、とっくに忘れてしまった。
覚えているのはメロディだけ。


頭の中でメロディを十以上流し終えた頃、体を揺すぶられて音が止んだ。


「もう目開けてもいいぜ」


優しい声が降ってきて少女は目をゆっくりと開けた。


「ちゃんと目を閉じてたんだな。さすが俺の主。偉いぞ」


と悪魔は嬉しそうに笑った。


「もう薬抜けてるだろ。立てるか?」


差し伸べられる大きな手。
それを少女は何とも言えない気持ちで見つめた。
少女に向けられる手は、いつも少女を傷つけるものだけだったからだ。


「どうした? どっか痛ぇのか?」


心配そうにこちらをみる顔に少女は首を振る。
怖ず怖ずと手を伸ばすと大きな手が少女の手をぎゅっと包み、少女の体を軽々と引っ張り上げた。


「軽っ。主ってば軽すぎ。生まれたてのケロベロスだってもっと重いぞ」


ケロベロスが何か少女にはわからなかったが、どうやら自分の体重は目を丸くされるほど軽いらしい。
これでも生贄として肥やされたので、親戚の家にいる頃よりはだいぶマシになったのだが。


「こりゃ栄養あるもん食わせないとだな。貧相なまんまの主なんて俺の沽券に関わるっつーの」


手始めに肉食おうぜ肉と、悪魔は少女の頭をぐしゃぐちゃと撫でる。元からぐしゃぐしゃなので髪が乱れるのはどうでもいいが、手加減が下手なのかちょっと痛い。
だがそれよりも、さっきから気になっていることが少女にはあった。


「…………なんで、私を主って呼ぶんですか?」


主の意味は知っている。
家にいた執事やメイドが父親のことをそう呼んでいることを聞いたことがあるし意味を調べたこともある。
自分よりも立場が上の人を呼ぶ言葉の一種だと理解している。


悪魔が自分に対してそう呼ぶということは、自分の立場が下だと思っていることになる。
理由がわからなかった。


見上げてくる少女を見下ろしながら、悪魔はぱちぱちとその金色の瞳を瞬いた。


「…………やっぱ覚えてねえよなぁ」


撫でる手を止めると、悪魔はしゃがんで少女の青い瞳と目線を合わせた。


「俺はあんたに命を救われてんだよ」





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