今宵、月と悪魔に微笑みを

柳の下 どじょう

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男に買われてからも、少女に待っていたのは幸せな暮らしでは当然なかった。


買った男は悪魔を信仰する魔術師だった。
悪魔を召喚することを大願としその人生を捧げていた。
男が話す独り言によれば誰かへの復讐の為にこの研究を始めたのだという。


男は少女を大切に扱った。
儀式用の生贄として。


栄養不足で細くやせ細った体を太らせる為に、無理矢理ものを食べさせた。
吐いても男の目標量を食べるまで拘束され物を押し込まれた。
食事には儀式に適した体になるように薬が入っていた。
悪魔が好む味になるようになるのだと男が毎回自慢気に話していたが、それを聞くたび悪魔じゃないのに何でわかるんだと思ったが言わないでおいた。
聞いたところでどうなるものでもないし、どの道吐くほどまずいことには変わりなかったから。


男は少女を殴ったりはしなかった。
だが、けして外には出そうとしなかった。
日に当たると体に溜めている魔力が逃げるのだという。意味はわからなかったが、男はそれを頑なに信じていた。
所定の位置から動くことを禁じ、それを少しでも破ると身を清める儀式を称して冷水を少女に浴びせた。



男の努力の甲斐あって少女の体は前ほど細くはなくなった。
標準よりは明らかに細いが、男の中では生贄としての基準に達したらしい。
そう告げられたのが今日の朝。
気付けば少女は床に転がされていたのだった。



男の甲高い声が聞こえ、少女は閉じていた目を開けた。
悪魔の姿はない。
けれど、床に書かれていた円が赤く不気味に光り出しはじめていた。


「やったぞ…………!ついに魔界の門が開いたっ!」


飛びあがらんばかりに拳を突き上げながら叫ぶ男。
それとは反対にその様子を無漂白無表情で少女は見つめた。


(私、これから死ぬんだ…………)


悪魔召喚なんてもの、子供心にも出来るわけないと思っていた。
だが頭のおかしい気持ち悪い男の馬鹿な妄想はどうやら現実のものになったらしい。
驚くべきことに光る円の中心部から何かが出てきているのが目に入った。


男は少女が悪魔に食い殺されると言っていた。少女を食べることで人間界に悪魔の存在を固定するのだという。
それがどのようなことかは知らないが、食べられるのはきっと凄く痛いだろう。
けれど、


(やっと楽になれる…………)


少女の虚ろな瞳に一瞬だけ色が灯る。


(やっと痛くなくなるんだ)


それは少女にとっては希望だった。
死による解放が希望になるほど少女の精神は追い詰められていた。


これで痛いことをされずに済む。
これ以上嫌なことをさせずに済む。
寒さに震えて泣くことも、空腹で泣くこともなくなる。
楽になれる。
それだけが少女にとっての救い。


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