今宵、月と悪魔に微笑みを

柳の下 どじょう

文字の大きさ
上 下
4 / 13

4

しおりを挟む
男に買われてからも、少女に待っていたのは幸せな暮らしでは当然なかった。


買った男は悪魔を信仰する魔術師だった。
悪魔を召喚することを大願としその人生を捧げていた。
男が話す独り言によれば誰かへの復讐の為にこの研究を始めたのだという。


男は少女を大切に扱った。
儀式用の生贄として。


栄養不足で細くやせ細った体を太らせる為に、無理矢理ものを食べさせた。
吐いても男の目標量を食べるまで拘束され物を押し込まれた。
食事には儀式に適した体になるように薬が入っていた。
悪魔が好む味になるようになるのだと男が毎回自慢気に話していたが、それを聞くたび悪魔じゃないのに何でわかるんだと思ったが言わないでおいた。
聞いたところでどうなるものでもないし、どの道吐くほどまずいことには変わりなかったから。


男は少女を殴ったりはしなかった。
だが、けして外には出そうとしなかった。
日に当たると体に溜めている魔力が逃げるのだという。意味はわからなかったが、男はそれを頑なに信じていた。
所定の位置から動くことを禁じ、それを少しでも破ると身を清める儀式を称して冷水を少女に浴びせた。



男の努力の甲斐あって少女の体は前ほど細くはなくなった。
標準よりは明らかに細いが、男の中では生贄としての基準に達したらしい。
そう告げられたのが今日の朝。
気付けば少女は床に転がされていたのだった。



男の甲高い声が聞こえ、少女は閉じていた目を開けた。
悪魔の姿はない。
けれど、床に書かれていた円が赤く不気味に光り出しはじめていた。


「やったぞ…………!ついに魔界の門が開いたっ!」


飛びあがらんばかりに拳を突き上げながら叫ぶ男。
それとは反対にその様子を無漂白無表情で少女は見つめた。


(私、これから死ぬんだ…………)


悪魔召喚なんてもの、子供心にも出来るわけないと思っていた。
だが頭のおかしい気持ち悪い男の馬鹿な妄想はどうやら現実のものになったらしい。
驚くべきことに光る円の中心部から何かが出てきているのが目に入った。


男は少女が悪魔に食い殺されると言っていた。少女を食べることで人間界に悪魔の存在を固定するのだという。
それがどのようなことかは知らないが、食べられるのはきっと凄く痛いだろう。
けれど、


(やっと楽になれる…………)


少女の虚ろな瞳に一瞬だけ色が灯る。


(やっと痛くなくなるんだ)


それは少女にとっては希望だった。
死による解放が希望になるほど少女の精神は追い詰められていた。


これで痛いことをされずに済む。
これ以上嫌なことをさせずに済む。
寒さに震えて泣くことも、空腹で泣くこともなくなる。
楽になれる。
それだけが少女にとっての救い。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

処理中です...