今宵、月と悪魔に微笑みを

柳の下 どじょう

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目を覚ますとそこは薄暗い部屋だった。
日の光は入ってこない。
ランプに点る明かりだけが辺りを照らしていた。


背中に当たるごつごつした感触と冷たさは石畳の床のせいだろう。
少女は身を起こそうとして体に力を入れたが、体が思うように動かなかった。
手足が縛られているのだ。口にも布が噛まされ声を出すことも敵わない。加えて縛られていない指すらまともに動かせなかった。



辛うじて動かせる視線を自分が転がっている床の少し先に向けると、そこに何かが描かれているのが見えた。
それは何か赤黒いもので描かれた円だった。
否、よく見ればそれはただの円ではなく文字で出来ていた。
隙間なくびっしりと文字のみで書かれたそれは、いっそ執念すら感じる。狂気と置き換えても良い。


書かれた文字は読めないが、少女はそれが何を意味するものか理解していた。


『悪魔召喚の儀』


床に書かれた円は、魔界より悪魔を召喚する魔方陣の類。


少女はその召喚の生贄としてここにいた。



少女は裕福な家庭の子供だった。
清潔な衣服、温かな食事、しっかりとした教育、そして両親からの惜しみない愛情。何不自由のない暮らし。
穏やかで幸せでな日々がずっと続くのだと信じて疑わなかった。
しかし、少女が七つの時。
その生活とは永遠に終わりを迎えることになった。
少女の両親が死んだのだ。
二人で隣町へ商談に出かけた帰り道、馬車の事故にあったのだ。


遺産は入ってこなかった。
この頃の少女の家は昔ほど裕福ではなく、両親が商談へ向かったのも金を工面してもらいに出かけたものだったのだと後に知った。


悲しみにくれる少女は遠い親戚に引き取られることになったが、そこでの暮らしはお世辞にも幸せとも穏やかとも言えないものだった。


親戚の家で少女は厄介者扱いだった。


家には親戚夫婦の他に育ち盛りの子供が三人。
家計がすでに逼迫しているところに、無理矢理押し付けられ仕方なく引き取った子供。それも親戚とは名ばかりの遠縁も遠縁。今まで一度もあったことすらなかったに思うところがないわけではなかっただろう。
それでも初めのころは、みな少女に気を使ってくれた。


自分の家だと思ってね、家族だと思ってくれていいんだよ、不自由なことはないかい、そう言葉をかけてくれた。


それをーーーー。


『私の家はこんな汚くないわ!』
『私の家族はお父様とお母様だけよ!』
『なんで皆と分け合わなくちゃならないの!』


突っぱねたのは少女だった。


今思えば、馬鹿なことを言ったものだと理解できる。
自分のそれが地雷原を裸で踊ってるようなものだったことを。


その言動は悲しみと動揺から生じるものだと、親戚達は理解していた。
両親を失い遠縁とはいえ見知らぬ他人の家で暮らすことになった子供の心情を思えば同情できないわけではない。


だが、それが続けば続くほど少女の言葉は彼らの劣等感を刺激し心を歪ませていった。



金持ちの子供ゆえの傲慢。
こちらを馬鹿にした態度。
鼻につく我が儘。



彼らの態度が変わるのにそう時間はかからなかった。


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