319 / 333
第2部 『華胥の国の願い姫』
319
しおりを挟む「わぁ…。」
夜に外に出るのは久しぶりで『桜の庭』の敷地をぐるりと囲むように植えられた満開の桜は灯りに照らされ夜の始まった空に白く輝いていた。
「綺麗だな。」
「うん。」
どれだけの日々を可憐に咲いた花の中で過ごしても大好きな桜を見飽きることはなくて、夜闇の中に装いを変えたその美しさはまた格別だ。
普段人通りの少ない敷地沿いの小道には桜を見ようと沢山の人が訪れていて目を奪われた俺達と同様に桜の美しさを褒めそやす声が聞こえてくる。これだけの人がいるのに中からはわからないなんてノートンさんの魔法は本当に不思議だ。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫。」
春とはいえ夜はまだ肌寒いけれど上着も着てるし何よりクラウスと繋いだ手が温かい。
裏門を出るにあたり俺に与えられた選択肢は2つ、人混みの中抱き上げるか手を繋ぐか。どちらも魅力的だけどどちらでも良いというのなら今夜は自分の足で歩きたい。
今更だけど多分初めての『手つなぎデート』に少しだけ緊張しながら向かった教会の広場は芝生の上に仮設舞台が設けられ歩道には隙間なく屋台が並び新年の夜が淋しく思えるほど賑やかだった。
「すごいねクラウス。」
「ああ。」
まるで王都の宿屋通りみたいな賑やかさだ。でもお祭りなだけあって食べ物に特化せず以前クラウスと出掛けた観光地ウォールの様にいろんな屋台があってあっちこっちと目移りしてしまう。
けれどやっぱり目の前でお肉をジュウジュウと焼いている屋台が何よりも魅力的に視覚と嗅覚を刺激してお腹が鳴った。
「まずは腹ごしらえだな。」
それは周りの音にかき消えたはずなのにクラウスからしたり顔で串焼きを目の前に差し出され俺は受け取りもせずかぶりついてしまった。
「熱っ!」
「大丈夫か?」
ジュワリと滲み出た肉汁が驚くほどに熱かった。不満があるわけではないけれど普段の食事の温度に慣れてすっかり猫舌だ。クラウスも俺がいきなりかぶりつくとは思ってなかったみたいでびっくりしてる。
ヒリヒリとする傷みは甘えすぎた罰だろうか、受け取りもせず喰いつくなんてお祭りに浮かれ過ぎだ。因みに色が戻ってしまうといけないから余程のことがない限り自分に治癒魔法は禁止なので火傷した舌を出して手で扇いだら屋台のおばさんに笑われてしまった。
「坊や慌てなくたって沢山焼いてるから誰も取りゃしないよ熱々なんだからゆっくりお食べ、そっちの兄さんも連れならちゃんと見ておやりよ。」
「傷むか?」
「…少し。」
うん、ホント子供みたいで恥ずかしい。
だけど心配そうに俺の舌に触れたクラウスの氷魔法を纏わせた親指がひんやりと冷たくて火傷した所が気持ちいい。思わずパクリと咥えたら再びびっくりしたクラウスにすぐに引き抜かれてしまった。
その屋台で串焼きを俺は1本、クラウスは2本手に入れてまた歩き出した。子供達がこんな事したら喉を突いたりして危ないって止めるけどその辺俺は大人だから大丈夫。
「わ。」
「悪い。」
「ううん、ありがとう。」
───なんて本当の所は人混みの中いつもの様にクラウスがうまく避けて歩いてくれているから大丈夫だったりする。
このやり取りももう何度目だろうか、シェアしながらあれこれ食べてお腹も満たされ腹ごなしに覗いていた土産物の屋台につい目を止めたらクラウスに引き寄せられ逞しい胸にぶつかった。
後ろから抱き締めるようにして人の流れを遮ってくれるクラウスに安心して屋台を見ることができる。
「クリスタルグローブだな、気になるのか?」
「クリスタルグローブって言うの?」
「お嬢ちゃん、気になるなら手に取ってご覧よ。」
これまでも足を止めるたび屋台の人が声を掛けてくれたけど最初は浮かれていた俺も今夜の急な外出は子供達に抜け駆けしてるようで気が引けて食事以外は目で楽しむだけと決めていた。でもこればかりは懐かしさに負けて手が伸びてしまう。
「俺の所ではスノードームって言ってたんだ。」
この世界には18年間生きてきた世界と同じ様な物が沢山あってこれもその一つだ、おじさんのお言葉に甘えて台の上に並んだソフトボール程の大きさのスノードームをひとつ両手で取るとそれ自体が淡く光った。明るくなった球体の中には花が咲く春の野原があって逆さにしなくても真ん中に置かれた桜の木からひらひらとピンクの花びらが舞っていた。
「綺麗…。」
「そうだろう?ウチのは底に魔法石が仕込んであるから触って見るのが一番キレイに見えるんだ。中でも人気なのは桜の皇子様が入ってるやつで……っても今回作った分はもう売り切れちまったんだけどな。」
「桜の皇子様?」
「なんだお嬢ちゃん遅れてるなガーデニアの皇子様の新しい呼び名を知らないのかい?みんなそう呼んでるよ、それになんてったって生きて戻られたってのにいつまでも『失われた皇子様』じゃなんだか申し訳ないだろ。この景気も皇子様の咲かせてくれた桜のおかげだ俺達みたいな商売は恩恵もたっぷり頂いて桜の皇子様サマサマだよ。」
ニンマリと笑うおじさんにそう言われ嬉しくなった。
「じゃあこれとこっちの2つ。」
クラウスが俺の手の中からスノードームを取っておじさんに渡すと同じものをもう一つ指差した。
「あいよ、太っ腹なお兄ちゃんで良かったねぇお嬢ちゃん。」
認識は人によって男だったり女だったりするけれど相変わらずどこの屋台でも子供に見られ上その支払いも全てクラウスに求められた。
「後で払うね。」
「相変わらずわかってないな。」
魔法石がついているからか安くないお値段にクラウスを仰ぎ見て念押しすれば呆れ顔でため息のおまけが付いた。
「ホントわかってないわ~。だめよトウヤちゃんそういうのは相手を立てて黙って受け取んなきゃあね。」
「リリーさん!」
すぐ隣から掛けられた聞き覚えのある声をたどれば手芸屋のリリーさんだった。
「こんな所で偶然ですね。」
「まっさかぁ偶然じゃないわよ私のお店ソコだもの酷いわ屋台に夢中で気づいてなかったのね、それともそのお兄さんに夢中だったからかしら。私はすぐにわかったわよお兄さんたら遠くからでも目立つんだもの、だから桜祭りにどんなの連れてんだかと思って見に来ちゃった。でもトウヤちゃんだったのね髪色が違ったからすぐにはわかんなかったわ。」
言われて辺りを見回せば確かにすぐソコがリリーさんの手芸屋さんでお祭り仕様なのか店の前に露店風に商品を並べていた。前に見た魔法石のブローチやリリーさんのお手製の服や小物それに俺が教えたのとは違う柄のミサンガも並んでいた。
「こんな時間までお仕事なんですか?」
「お祭りの間だけよ普段来ない様なお客がついでに覗いてくれるから結構儲かるのよ今年はもうがっぽり稼いだわ、これも桜の皇子様のお蔭ね会えるものならありがとうってお礼を言いたいところよ。」
さっきと同じ様にまた『桜の皇子様』と言われてこそばゆかった、その上『ありがとう』のおまけ付きで頬が緩みそうになる。
「でも儲かるのは有難いけどこう毎日だとそれはそれで疲れるのよね、桜まつりが終わればこの騒ぎもおさまるだろうから今回稼いだ分で旅行でも行こうかしらって思ってるから入り用な物があったら今夜買って行く事をお勧めするわ。」
「あ、はい。じゃぁえっと…‥。」
どうしようかな。
新しいミサンガはクラウスに断られてしまったから特に必要な物はくて、代わりに桜が美しく刺繍されたハンカチを2枚選んだ。
「無理して買ってくれなくてもいいのよ?」
「いえ、これは今夜お祭りを見に来るのにお世話になった人にお礼をしようと思ったので。」
「そう、それなら遠慮なく。それにしても魔道具で変えたの正解ね普段のトウヤちゃんならあっという間に囲まれちゃうわ、この前ももみくちゃにされてる黒髪の人を見たもの騎士隊も来て大騒ぎだったわ。」
リリーさんが安心したように色を変えた髪の一房をそっと触った。そのもみくちゃにされた人はリシュリューさんの実験だっただろうか。
「でも今も十分可愛いから油断しちゃ駄目よ、なんだか可愛い子に声を掛ける冒険者がいるらしいからぼんやりしてたら攫われちゃうわ。お兄さんも可愛い恋人をちゃんと護んなさいよ?」
「こっ…。」
「言われずとも。」
兄弟に見られるのは嫌なんだけど急に『恋人』と言われるのも恥ずかしいものらしい。クラウスが髪を触っていたリリーさんの手を払って俺を抱き込むからなおさらだ。
「まぁトウヤちゃんたら照れちゃって益々可愛いこと、でもそうやってしっかり護ってもらいなさい。ふふっ商人の中にも敢えて黒っぽくして客寄せしてる奴等がいるけどあんなの駄目ね、本物には到底敵わないもの。」
リリーさんはそう言ってハンカチを入れた袋を渡しながら意味ありげにバチンとウインクした。
もしかしなくても気付いているのかな?そんな素振り欠片も見せなかったのになんだか不意をつかれた様な気分だ。
「そろそろ帰ろっか。」
「そうだな。」
お土産も手に入れてお祭りの気分もしっかり味わえた事だしね。
91
お気に入りに追加
6,383
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる