迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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「ああやはり原因はその魔道具でしたか。無駄にならず良かったです、変化の色も指示通りですのでこれなら髪色を理由に人々が群がる事は回避できたと言えましょう。別の問題が懸念されなくもありませんが護衛騎士もいる事ですからやはりご使用になられた方が煩わしい思いをなさらず済むかと思います。いつでもお使いできるよう魔法士に量産を申し付けて置きましょう。」

変化の起きた俺を目の当たりにしたリシュリューさんは眉一つ動かさずそう言ってあの分厚い辞書の様なスケジュール帳にペンを走らせた。

「ふふっどう変わったか自分でみたいよね、鏡を持ってくるよ。」

ノートンさんは俺の心の内を察しているのに何も言わずただニコニコしながら鏡を取りに続き部屋の居室へ行ってしまった。

二人共目の前で変化したのを見てるのになんの感想もないなんてがっかりだ。これが魔法に慣れている人の反応なのかもしれないけれど俺はそうじゃないから僅かな時間を待ちきれず横髪をひと束取って天井の光に透かすと思っていたよりかなり明るい茶色に見えてそのまま反るようにして背後のクラウスを仰ぎ見た。

「どう…かな?」

「……ああ、ちゃんと変わってる。」

それは俺の期待した言葉じゃなかった。

でも目が合った瞬間クラウスは目をパチクリとさせなんとも言えない顔をした。

もしかして変なのかな?

「さあどうぞ。」

ノートンさんが抱えてきた鏡を目の前のテーブルに置いてくれた。そこに映る俺はリシュリューさんと同じ明るめの茶色い髪に薄茶の瞳、俺であるのに俺でないのはお披露目式の時の感覚に似ているけれどあの時とはまた違う感じだ。

悪くは……ないよね。

「黒髪も素敵だけどその髪色もトウヤ君によく似合ってるね。」

「ありがとうございます。」

欲しかった答えはノートンさんがくれた。

「ええ、普段のトウヤ様もお若く見えますがこれまた一段とお可愛らしく見えますね。トウヤ様のお姿にお子様達が戸惑ってはいけませんのでポーションの残りを明日お使いになってはいかがでしょうか。持続時間もご自身でお確かめになればより安心でしょう。」

「うん確かにその方がいいね。」

「はい。じゃあ明日使わせてもらいます。」

俺の意思を確認するとリシュリューさんはスケジュール帳をバタンと閉じた。

「ではクラウス殿、王城へ戻りましょうか。」

「今からですか?」

思った事がそのまま口から出てしまった。

「はい、今から戻ってこのポーションを作成した魔法士を叩き起こせば明日にはもう一瓶こちらへ届ける事が出来るでしょう。それとクラウス殿、貴方も王城に戻ったら今夜の内にユリウス殿より騎士章を手に入れておいて下さい。」

「騎士章……?」

クラウスはその言葉を聞き慣れないのか眉をひそめていた。

「やはりご存知ありませんでしたか、確かに騎士服はある種の抑止効果がありますが今回のようなお忍びでの外出の場合は悪手ですのでかわりに騎士章を身につける事になっています。それがあれば近衛騎士の身分を証明する事ができるので今のように騎士服を着ていなくとも特権が適用されます、判断するのは騎士隊長であるユリウス殿ですが私が思うにこちらでの護衛も騎士章で十分かと思いますよ。ではトウヤ様これにて失礼いたします、院長も美味しいお茶をありがとうございました。」

そう言って立ち上がってしまえばそれ以上引き止める事は出来なかった。

裏門までノートンさんと見送りに出ればそこに一頭の馬が繋がれていた。

「馬車じゃないんですね。」

「こちらの方が時間が節約出来ますので。ですが恥ずかしながら私は乗馬が苦手でしてトウヤ様の騎士をお借りしてしまったこと大変申し訳なく思っております、この埋め合わせは必ず致しますので今夜だけお許しください。」

目の下の隈は間違いなく俺のせいだしこの後もまだ仕事をすると言うリシュリューさんになんと答えれば良いのかわからなかったけれどひと目見たときからやってみたい事があった。

「あの…リシュリューさんにお願いがあるんです。」

「はいトウヤ様何なりと。」

「治癒魔法の練習台になってもらえませんか。…その…実はあまり使ったことがなくて…でも疲れを癒やすのは多分できると思うんですが失敗するかもしれなくて…。」

突然こんな事をお願いするからリシュリューさんはびっくりしたみたいだ。俺も本当はまだ自信がないからこっそり治癒魔法を使ってしまいたいけどノートンさんやセオみたいに手を握ったり抱きついたりを勝手にしていい相手じゃないから仕方ない。

「稀代の治癒魔法を体感できるなんて随分割の良い練習台ですね、この身でよろしければいくらでも差し出しましょう。」

リシュリューさんは俺が差し出した手にふふっと笑いながら両手をそっと乗せてくれた。

仕事柄なのか握り込んだ手は柔らかくてすべすべで、この手の持ち主が濃い隈を目の下に湛えているのは似合わないと思うからリシュリューさんの疲れが全部とれますようにと心を込めて願ってみた。

「うわっなんですかこの爽快感は!まるで実家で過ごした後みたいです!こんなに体が軽いの何年ぶりでしょうか、これなら後3日は寝ずに仕事をこなせそうです!ありがとうございますトウヤ様、さあクラウス殿行きますよ!」

初めて見るリシュリューさんの興奮した様子に魔法が上手く出来たのがわかったけれど3日間寝ずに、なんて言わないでちゃんと眠って欲しい。

「トウヤすまない、後で連絡する。」

「ううん、クラウスもユリウス様のところに行かなくちゃいけないし時間も遅いから悪いけど俺もう寝るね。おやすみクラウス。」

ばいばい、と手を振るとクラウスが何か言いかけてそのまま口をつぐみ俺の髪をくしゃりと撫でると、急かされるまま馬にまたがって前に俺にしたように馬上にリシュリューさんを引き上げると『桜の庭』を後にした。

少し前から胸の辺りがざわざわとしていたけれど部屋に戻ってクラウスのお守りを左手に戻して髪も瞳も元通りになったら治まった。
お守りを外したからだろうか、もしかしたら見慣れない自分の姿が落ち着かなかったのかも知れない。

「おやすみクラウス。」

連絡すると言ってくれたのを断ってしまったからまだ眠くなかったけどお守りにおやすみのキスをした。対になっているクラウスのピアスに伝わって淡く光ればもう眠ったと思うはずだ。

ベッドに入って半刻くらいしてから通信石が光ったけれどやっぱりそれには応えなかった。

だって今話したらこの前みたいにわがままを言ってしまいそうだ。

「来た時にしとけばよかった。」

ほらね我慢できなくて声に出てしまう。

その欲は唇を撫でただけじゃおさまらなくてお守りの代わりに結婚指輪に唇を寄せてまぶたを閉じた。




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